第1回】待ちに待った夢の舞台

世界で唯一、太陽系の全ての惑星に探査機を送り込んだ機関があります。それは、NASAのJPL(ジェット推進研究所)という組織。宇宙探査の歴史を切り拓いたともいえるJPLで働く技術者・小野雅裕さんが目指すものとはーー。『宇宙兄弟』スピンオフエッセイ。このエッセイを読むと『宇宙兄弟』の世界がより身近に感じられて、より楽しめます!

飛行機が最終着陸態勢に入ったというアナウンスが流れた。窓の外の眼下には大都会・ロサンゼルスが広がっていた。その広がりを堰き止めるように、街の北に連なる山脈がある。僕は目をこらして、その麓にあるはずの、とある場所を探した。見つけるのは簡単だった。

それはNASAジェット推進研究所(JPL)。NASAは全米に10のフィールドセンターを持つのだが、有人宇宙飛行を担当するヒューストンのジョンソン宇宙センターに対し、ロサンゼルス近郊のパサデナ市にあるJPLは無人宇宙探査の総本山である。世界で唯一、太陽系の全ての惑星に探査機を送り込んだ機関であり、エクスプローラー1号、ボイジャー、キュリオシティーなど、宇宙探査の歴史を切り拓いた探査機の生まれ故郷である。そしてそここそが、翌週からの僕の職場なのだ。

初出勤の日、僕は仮住まいのホテルから車で20 kmほど高速を走り、JPLに到着した。入り口に大きく掲げられたNASAのロゴを見て、胸が感慨で満たされた。「いよいよ」というよりも「やっと」という思いだった。小学生のころに僕はひとつの夢を抱いた。あれから24年もかかった。そしてやっと今、その夢の入り口に辿り着いた。

JPLの入り口で記念撮影をする小野さん

ここに来ることを僕はどれほど切望したことか。真っ直ぐな道ではなかった。大志を抱いてMITに留学するも、その途中に夢を見失い迷った時期があった。就職活動でも一度はJPLから落とされた。幸運にも得た再チャレンジのチャンスに必死でしがみつき、なんとか手に入れた、夢の場所への入場券だった。


***


JPLの新人研修は1日しかない。いや、こんな退屈なものは1日で十分だ。職場のパソコンでエロ動画を見たらいけませんだなんて、言われなくても分かっている。所内にクマが出ることがあるから注意しましょうだなんて、注意したところでどうなるものでもない。死んだフリの練習をさせられなかっただけ、よしとしよう。

通年採用なので「同期」という概念はないが、同日入社の人ならばいる。新人研修で3人の同日入社の職員と会った。最も目立っていたのは、ピンクのワンピースにヒールという気合たっぷりの格好で乗り込んできた、カナダ人のねーちゃんだ。彼女と見事に対照的だったのが、よれたシャツを着た、太ったアメリカ人のオジサンだった。彼は長くコントラクター(契約社員)としてJPLに勤め、今日から晴れて正規の職員になったそうだ。もう一人は小柄なインド系の若い女性だった。自己紹介の順番が回ってくると、照れくさそうな上目遣いで話した。いろんな人がいるものだなあ、と思った。


JPLに毎夕出没する鹿

新人研修から開放された後、僕はある「もの」に挨拶をするために、フォン・カルマン講堂という、JPLの設立者の名を冠した建物に向かった。幸いにもその時間は何もイベントが行われておらず、誰もいないひっそりとした大部屋に、数百脚のイスが整然と並んでいた。

その部屋の、ステージに向かって左手の側面に、乗用車が丸々乗ってしまうほど大きな白いお椀のようなものが置かれており、それを乗せた黒い箱の前後からツノのようなものが突き出している。宇宙探査機ボイジャーの実物大模型である。ボイジャーとは「旅人」という意味で、その名の通り、1977年に打ち上げられた後、木星、土星、天王星、海王星と旅をし、2012年にはじめて太陽系を出た人工物となった探査機だ。

このボイジャーこそが、僕の夢の原点だった。1989年、ボイジャーは太陽系の果ての惑星・海王星に到着した。そのニュースを、小学1年生だった僕は、天文マニアだった父と一緒に、テレビにかじりついて見ていた。人類がその時はじめて間近に見た海王星は、透き通るような青い色をした、美しい星だった。その青は地球の海の色とも空の色とも違っていた。モルフォ蝶の青い羽のように神秘的で、青の時代のピカソの絵のように孤独だった。六歳の僕の心に刺青のように掘り込まれ、その後に僕を宇宙の道へと導いたのは、あの青だったのだ。

「やっと僕もここまで来たよ。」ボイジャーに向かって、僕は心の中で、そう語りかけた。


フォン・カルマン講堂にて展示されているボイジャーの実物大模型


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この連載について

宇宙人生—NASAで働く日本人技術者の挑戦

小野雅裕 /小山宙哉

世界で唯一、太陽系の全ての惑星に探査機を送り込んだ機関があります。それは、NASAのJPL(ジェット推進研究所)という組織。そんな宇宙探査の歴史を切り拓いたともいえるJPLで働く技術者・小野雅裕さんが目指すものとはーー。『宇宙兄弟』ス...もっと読む

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コメント

K_machaaki おー、最近小野さんの著書を読んだところ。このエッセイは楽しみだ。 約4年前 replyretweetfavorite

telstar_news 待ちに待った夢の舞台| 先々週に放送されたコズミックフロントにも登場していた、NASAジェット推進研究所で働く小野さんの記事です。 4年以上前 replyretweetfavorite

masahiro_ono この連載は、ストーリーとしては著書「宇宙を目指して海を渡る」の続編です。内容は、体験から哲学を演繹することが主眼だった著書と異なり、体験を咀嚼せず体験のまま書いています。 4年以上前 replyretweetfavorite

masahiro_ono 「宇宙兄弟スピンオフエッセイ」なるものを書かせてもらうことになりました。その第一回です!@cakes_news: 4年以上前 replyretweetfavorite