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こちらに向かって近づいてくる台車に気づき、美香は腰を上げた。冷たいアスファルトの上に長時間座っていたせいで、太ももの付け根が少ししびれている。
「遅いよ、もう」
山積みされた段ボール箱が邪魔をして、卓郎の姿は見えなかったが、台車は<スマイル>の入口に常備されているものだ。彼に間違いない。
「ん、もう。いつまで待たせるつもり?」
小走りで台車に駆け寄ると、
「よお」
パーカー風ジャケットとコーデュロイのパンツをお洒落に組み合わせた卓郎が、挨拶をよこした。柔らかな髪からは、ベルガモットの香りがほのかに
「なんなの? この荷物。一体、なにを始めるつもり?」
「悪い。手分けして、この中へ運んでもらえねえかな」
石塀をあごで示しながら、卓郎はいった。
「この中って……まさか、ジェイルハウスの中に?」
町の人は皆、この塀の内側に建つ巨大な洋館を<ジェイルハウス>と呼んでいた。ジェイルが留置所を意味する言葉だと知ったのは、つい最近のことである。美香の身長の三倍以上ある石造りの塀は、確かに監獄を取り囲む壁のように見えないこともない。
「ちょ、ちょっと。ジェイルハウスに忍び込むって……冗談だろう?」
「ここには化け物が棲んでるんだよ。一度忍び込んだら、もう二度と戻ってこられない。実際、何人も行方不明になってるって——」