第2章 鬼門 ―ジェイルハウス―
きもん【鬼門】
(1)陰陽道(おんようどう)で、鬼が出入りするとされる、不吉な方角。艮(うしとら)(北東)の方角。
(2)俗に、行くとろくな目にあわない所。また、苦手とする人物や事柄。
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ポカポカ陽気といえども、今が真冬であることに変わりはない。
夕方になると気温は一気に下がり、冷たい北風が家路を急ぐ人たちに容赦なく襲いかかる。
「うう、さぶ」
聞き覚えのある声に、シュンは顔を上げ、あたりを見回した。
夕日が沈みつつある右手方向には、三年前に操業を停止した巨大な化学工場が、ひっとりと静まり返った状態でたたずんでいる。
うつむいたままぼおっと歩いているうちに、いつの間にか町のはずれまでやって来てしまったらしい。
廃工場の向かい側——シュンから見て左手の方向には、高さ五メートルを優に超える城壁のような塀がそびえ立っていた。
石積みのその塀は、巨大な門をはさみつつ次の交差点まで延々と続き、シュンが通う中学校よりも広いであろう敷地をぐるりと取り囲んでいる。
塀は相当古いものらしく、ところどころが欠けたり崩れ落ちたりしていた。スプレーペンキで落書きされたアルファベットの羅列は、どれも単語になっておらず、なにを書きたかったのか意味不明だ。
道端には、煙草の吸い殻やビールの空き缶が、うんざりするくらい無造作に捨てられている。このあたりは人通りが少ないため、ガラの悪い連中のたまり場になりやすいのだろう。彼らを寄せつけないためなのかどうかはわからないが、塀の上には有刺鉄線が張り巡らされ、簡単には不法侵入できないようになっていた。
ぼんやり石塀の落書きを
目を
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