第60回】認知症であるとも、認知症でないとも言えない89歳の父をめぐるあれこれ

両親が2人とも老人ホームに入り、空き家となってしまった自宅を処分することになった。売却の意思確認ということで、司法書士と不動産屋さんが老人ホームの父のところへやってきて、筆者の弟がそれに立ち会った。ときどきトンチンカンなことを言ったり、実の娘と孫娘を取り違えたりする父だったが、家の売却に関してはちゃんと納得しており、意思確認は無事に済むだろうと高を括っていたが実際は暗礁に乗り上げてしまった。


〔PHOTO〕gettyimages

家の売却の意思確認「ダメだった」

今回は少々、私事を書かせていただく。

両親が2人とも老人ホームに入り、空き家となってしまった自宅を処分することになった。ゴミがいっぱい詰まった一軒家をかたづけるのは、口では言えないほど大変だったが、それも無事に終わり、不動産屋さんが買主を見つけてくれた。家の持ち主は父なので、売却の意思確認ということで、司法書士と不動産屋さんが老人ホームの父のところへやってきたのが今年の5月半ば。私はドイツにいたので、弟が立ち会った。

父は89歳で、ときどきトンチンカンなことを言ったり、実の娘と孫娘を取り違えたりもするが、家の売却に関してはちゃんと納得していた。「2階に上がれないので、もう、あそこには住めないね。早く売れればいいね」と、父自身が言っていたのだ。だから、まあ、ちょっと呆けぎみではあるが、意思確認は無事に済むだろうと高を括っていた。

ところが当日、ドイツの私のもとに、弟からのメール。「ダメだった」。エ—! そんな・・・。

弟の話では、父は必要書類3枚に住所や名前をちゃんと記入し、ゆっくりと受け答えもして、ようやく終了か、というところで生年月日を聞かれたら、答えられなかったのだそうだ。そこで、「では、お年は?」と質問が変えられたが、またもや言葉に詰まり、どうにかして事態を打開しようと思ったのだろう、いつものおふざけで「100歳!」と言ったらしい。弟の動揺が目に浮かぶ。

しかし、そんな冗談を、誰もおもしろいと思わなかったのは当然のことで、父は完ぺきに窮地に陥った。弟のメールには、「あんなに優秀だった人が、最後はうつむきぎみで口を固く結んでいた姿はかわいそうだった。あなたがいたら泣いてたね」と書いてあった。読んだだけで泣けてきそうだ。結局、さらに質問がなされようとしたのを、弟が「もう、いいです」と止めたという。こうして、意思確認は完全に暗礁に乗り上げた。

その夜、私は、「誕生日なんて、私だってときどき忘れそうになる。だいたい、売主は売りたくて、買主は買いたいのでしょ。私たちがパパを騙してやっていることでないのは一目瞭然なのに、何が問題なのよ!」と、腹立ちを電話で弟にぶちまけた。そして、司法書士が買主の親戚だったと聞いて、余計に訳が分からなくなった。

とはいえ、「こんな契約なんかこちらから願い下げだ!」とやけになるわけにはいかない。法律は法律だ。こういう場合は、成年後見人を立てなければ契約ができないらしい。成年後見人は、手続きがけっこう面倒で、経費はもちろん、時間もかかる。そして、成年後見人を立てるためには、今度は、父が認知症であるという証明が必要になるのだ。

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シュトゥットガルト通信

川口マーン惠美

シュトゥットガルト在住の筆者が、ドイツ、EUから見た日本、世界をテーマにお送りします。

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