第59回】日本を停電する国に後戻りさせないために、いま私たちがすべきこと

先進国であっても、余剰電力を多すぎず、少なすぎず保ちかつ停電を起こさないことが、簡単なことではないと知った筆者。イラン・イラク戦争時にイランに住んでいた経験やバグダットに住んでいた日本人の話をもとに考えると、日本で停電が起こらないのは、先進国であるからだ。3.11後、電力会社に対しての非難はしかるべきだが、一方で電気がなければ今日の反映もなかった日本を鑑みると、国の要であるエネルギーの問題に対し、すべてを投げ捨てて思考停止してしまうこともおかしいと考える・・・


〔PHOTO〕gettyimages

ほとんど思い出せない停電の経験

最後にシュトゥットガルトで停電を経験したのは、10数年も前の話。送電線に何か不都合が起こり、昼間、突然、電気が止まった。工事だったのか、落雷だったのかは、思い出せない。でも、冷凍食品が溶けてしまったというような記憶はないので、ごく短時間だったのだろう。

日本での最後の停電は、もちろん、震災後の計画停電だ。当時、私の日本での住居は池袋のど真ん中だったので、輪番停電地域には含まれなかった。しかし、震災の5日後、ドイツに戻る予定になっており、その頃はまだ成田空港までの交通事情が不確かだったこともあり、一日前に成田入りしたら、その夜、ホテルで計画停電が実施された。

大きなホテルだったので、廊下には非常用の灯りがあちこちに灯ったが、部屋は真っ暗になった。その頃は余震が頻繁にあったので、ホテルの9階の暗闇の中、一人揺れているのもなんだと思い、1階のレストランに行った。すると、やはり皆、そう思ったらしく、宿泊客がキャンドルライトの下で粛々とご飯を食べていた。

そういえば、昔、ブルガリアのホテルでも停電に遭った。もちろん、こちらは計画停電ではない。ブルガリア人の友人が結婚するというので、一家をあげてブルガリア第2の都市プロヴディフへ行って式に参列し、そのあと、黒海の畔の観光地ブルガスで数日を過ごしたリゾートホテルでのことだった。

夜、部屋にいたら、唐突に電気が消え、世界が真っ暗闇になった。まだ小さかった娘たちが怖がって泣き始めた。そういえば、子供たちは停電など経験がない。そういう私も、物心ついてからのこういう停電の経験は、ほとんど思い出せなかった。

5人で部屋からバルコニーに出て、外を眺めると、ホテルの敷地内は真っ暗で、その闇の中から、人の声だけがザワザワとのぼってきた。目を凝らしても何も見えないというのは、とても変な感じだ。

子供たちに向かって言う。「怖くないわよ。ほら、お船が見える」。

目の前の黒海はそれこそ文字通り真っ黒だったが、そこに浮かぶ船だけが、ポツリポツリと光の点になって見えた。そして、頭上には満天の星。忘れられないシーンだ。

とはいえ、このままひと晩中、真っ暗ならどうしようと思っていたので、しばらくして、パッと明るくなったときは、天照大神が天岩戸から出てきたようにホッとした。そのとき、部屋がやけに白茶けて、なぜか安っぽく見えたのを覚えている。

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シュトゥットガルト通信

川口マーン惠美

シュトゥットガルト在住の筆者が、ドイツ、EUから見た日本、世界をテーマにお送りします。

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