青鬼

第1回 GAME OVER

「青鬼に捕まったら殺される――史上最悪の鬼ごっこが、いま始まった!」
個人制作のフリーゲームでありながら、20万部突破の小説化に続き、7月5日公開の実写映画(AKB48入山杏奈さん主演)もスマッシュヒット中と、とどまるところを知らない人気の「青鬼」。
人気の火付け役となった公式ノベライズ『青鬼』から、一部を公開いたします!


第1章 GAME OVER

     1

華やかなファンファーレが響き渡ると同時に、ノートパソコンのモニタには<CLEAR>の文字が大きく表示された。
「終わりましたよ」
 メガネを押し上げながら、ひろしがいつもどおりの一本調子で答える。
「……どうだった?」
 シュンはおそるおそる彼の表情をうかがった。どんなときでも冷静沈着なひろしの感情を読み取るのは、なかなかに難しいものだ。
「よくできていますね。操作性も悪くないし、グラフィックも音楽も作品世界にぴったりマッチしていました。まさか、ここまでの完成度だとは思いませんでしたよ。あまりの面白さに、途中から我を忘れてしまったくらいです」
「本当に?」
「僕が君に嘘をつかなければならない理由が、なにかありますか?」
 ひろしが不思議そうにシュンを見る。確かに、彼は相手の機嫌をとるためにわざわざお世辞を口にしたり、愛想笑いを浮かべるような男ではない。
 学校の裏手にそびえる小高い丘。その中腹に位置する小さな沼地は、シュンにとって唯一のいこいの場所となっていた。
 この町へ引っ越してきて、そろそろ一ヵ月が経とうとしている。が、内向的な性格の彼は、いまだクラスになじむことができず、ほとんど誰とも会話を交わしたことがなかった。家へ帰って疲れた顔を見せれば、母親によけいな心配をかけてしまう。だから彼は、放課後になると必ず裏山へ足を伸ばし、自分が作ったゲームソフトのバグつぶしにいそしんでいたのだった。
 肌寒い季節に、うらさびれた沼に近づく者など一人もいない。周囲を針葉樹に囲まれたこの場所でなら、ひと目を気にすることなくのんびりと過ごすことができた。

 シュンの秘密の場所にひろしが現れたのは、つい一週間前のことである。
 いつものように沼のほとりに腰を下ろし、パソコンをいじっていると突然、草むらをかき分けて彼が姿を現した。
 透きとおるような白い肌とシャープな顔立ちは、どことなく北欧系の映画俳優を彷彿ほうふつとさせる。理知的なまなざしも、メガネを押し上げるときの狷介けんかいなしぐさも、普段となんら変わりなかったが、
「……え?」
 いつもと違う彼の奇抜な格好に、シュンは唖然とした。
 いかなるときも冷静沈着な上、頭の回転が速く、先生さえもやり込めてしまうことの多いひろしは、教室内では誰よりも大人びた存在に見えていた。しかし、シュンの前に現れたその日の彼は、制服をきっちり着こなしてはいるものの、首からは虫かごをぶらさげ、右手には虫取り網を握って—まるで子供みたいだった。
「ウラギンシジミを見かけませんでしたか?」
 ひろしはシュンを見つけると、別段驚いた様子もなくそう口にした。
「ウラギン……なに?」
「オレンジ色のはねを持った蝶です。翅の裏側がアルミみたいに銀色に光っているから、そう呼ばれているのですが……こちらへ飛んできたでしょう?」
 彼は一気にまくし立てると、虫取り網を刀剣のようにかまえ、あたりをきょろきょろと見回し始めた。
「……こんな季節に蝶がいるの?」
「きわめて珍しい現象だとは思いますが、あり得ないことではありません。ウラギンシジミは成虫のまま冬を乗り越えますからね。ここ数日、暖かい日が続いていましたから、春と間違えて起き出してきたのかもしれません。……あ、それってPCですよね?」
 ひろしは虫取り網を放り出すと、小走りでシュンのそばへと駆け寄った。
「ネットに繋がっているのであれば、少しだけ貸してもらえますか? あれが本当にウラギンシジミだったかどうかを確認しますので」
 シュンの返事を待たず、ノートパソコンをのぞき込んでくる。
「あ……あの……」
 緊張して、シュンの舌はうまく回らなかった。無理もない。こんな間近で彼を見るのは初めてのことだ。ひろしの肌はドーランでも塗ったみたいに白く、またまつ毛も長くて、まるで人形のようだった。
「ゴメン……ネットには繋がってないんだけど」
 やっとの思いで、それだけを口にする。だが、ひろしの興味はすでに別のものに移っていたらしい。
「これって、ネットで無料配信されている脱出ゲームですよね?」
 モニタに映し出したままだったゲーム画面に顔を近づけ、彼は尋ねた。
「……え? このゲームを知ってるの?」
「ええ。たまたま見つけてプレイしたのですが、予想外に面白くて、つい徹夜をしてしまいました。これははまりますね。すでに、十回以上はプレイしているでしょうか。もしかして、君もこのゲームのファンなのですか? あれ? でも、ネット配信されているものとは少々違うような気もしますが」
「前作で不満だった部分を改良してみたんだ。バグを完全につぶしたら、また配信しようかと思ってるんだけど……」
「え? ということは、もしかして、このゲームの作者って君なのですか?」
 ひろしはメガネのフレームを押し上げ、驚きに満ちた表情でシュンを凝視した。いつも落ち着き払っている彼の、そんな顔を見るのは初めてのことだ。シュンは戸惑いながらも小さく頷いた。
「これは驚きました。まさか、うちのクラスにそんなすごい生徒がいたなんて」
 ひろしの賞賛の言葉が恥ずかしく、思わずうつむいてしまう。められることにはあまり慣れていない。うなじのあたりがくすぐったくなり、シュンはもぞもぞと身体を動かした。
「前々から気になってはいたのです。君、右手の親指と人差し指にタコがあるでしょう? タコの大きさや形状から見てゲームだこではないかと疑っていました」
「…………」
 彼の洞察力に度胆どぎもを抜かれる。指先のタコを見て、そこまで見抜くなんて、ただの秀才じゃない。
「このゲームで、少し遊ばせてもらってもよろしいでしょうか?」
「あ……うん。べつにかまわないけど」
「ありがとうございます。では早速」
 ひろしはその場に座り込むと、膝の上にノートパソコンを載せ、キーボードを操作し始めた。彼の白く細い指が、ピアノでも弾くみたいに、キーボードの上を走り回る。
「……蝶はもういいの?」
 ひろしの隣に腰を下ろし、モニタを覗き込みながら、シュンは尋ねた。
 ヘルプ画面を見ることなく、ひろしはゲームを進めていく。十回以上プレイしたという話は本当なのだろう。
「冬のウラギンシジミも確かに魅力的ではありますが、僕を睡眠不足にさせるほどの力は持っていませんから」
 彼の言葉に、再びうなじがくすぐったくなる。なんとも落ち着かなかったが、しかし悪い気分ではない。胸のあたりがほんのりと暖かくなった。
「ああ、やられた!」
 ひろしの叫び声と共に、ゲーム画面は黒一色となり、続いて<GAME OVER>の文字が表示された。
「前のバージョンに較べて、敵の動きが複雑になっていますね。これは難しい」
 真っ黒な画面には、シュンとひろしの姿が反射して映り込んでいた。自分の表情がほころんでいることに、シュンは驚く。
 ……笑ったのは何日ぶりだろう?
「いつも、放課後はここにいるのでしょうか? 今度こそクリアしますから、また遊ばせてくださいね」
 別れ際に、ひろしはそういった。
 それからほぼ毎日、シュンは夕方になるとここで彼と会っている。
 ひろしはシュンの作ったゲームを物静かに進めるだけで、二人の間で会話が交わされることはほとんどなかったが、シュンにとってはむしろそのほうがありがたかった。人とのコミュニケーションは苦手だ。口を開けば、それだけで緊張するし、そもそもなにをしゃべっていいのかわからない。

「おっと、いけない。もうこんな時間ですか」
 腕時計に視線を落とすと、ひろしは慌てた様子で立ち上がった。
「ゲームに夢中になって、このあとの用事をうっかり忘れるところでした」
「……もう帰っちゃうんだ」
 急に、胸が苦しくなった。それが寂しさから来るものだと気づき、シュンは愕然とした。
 ゲームをクリアしたひろしが、再びここへやって来ることはないだろう。明日からは、また一人ぼっちの放課後が始まる。
 鼻の奥が痛くなる。油断すれば、今にも涙がこぼれ落ちてきそうだ。
 一人はキライじゃない。むしろ、一人のほうが気楽に過ごせたはずだ。それなのにどうして?
「では、さようなら」
 ひろしは制服についた枯葉を払いのけると、真正面からシュンの顔を覗き込んできた。メガネの奥に見えた切れ長の目に、緊張して姿勢を正す。
「ウラギンシジミに感謝しなくてはいけませんね」
 唐突に、ひろしはいった。
「え?」
「あいつを追いかけていなければ、君がこのゲームの作者であることなど知らず、こうやって新作をプレイすることもなかったでしょうから」
「…………」
「新しいゲームが完成したら、ぜひまた僕にプレイさせてください」
「……うん」
「実は、君に影響されて、僕もゲーム作りを始めたのですが」
 鼻の下をこすりながら、ひろしは少しだけ照れくさそうな表情を浮かべた。
「だけど、思っていた以上に難しくて……今後、いろいろとアドバイスをいただけないでしょうか?」
「もちろん。どうもありがとう」
 感謝の言葉が自然とこぼれたことに、シュンは驚きを隠しきれなかった。
「どうして、君がお礼をいうのですか? おかしいでしょう」
 ひろしは小さく肩をすくめると、「それでは」と右手を上げ、シュンの前から颯爽さっそうと立ち去った。
 ウラギンシジミに感謝しなくてはならないのは僕のほうだ。
 夕焼け間近の空を見上げながら、シュンは長らく感じたことのなかった幸せに心を躍らせていた。
 と同時に、漠然とした不安感が湧き起こる。
 理由はわかっていた。なにかよいことがひとつあれば、そのあとには十の不幸が待ち受けている—これまでだって、ずっとそうだった。新しい町へやって来たからといって、そのルールが変わるとは思えない。
 風も吹かないのに突然、茂みが揺れ動いた。
「ひろし君。忘れ物でもしたの—」
 そこまでしゃべって動きを止める。
「よお、転校生」
 目の前に現れた男は、シュンのよく知っているクラスメイトだった。といっても、ひろしではない。
「なにやってんだ? こんなところで」
 すぐにでも逃げ出したかったが、メドゥーサににらみつけられたかのように、身体が動かなくなる。
「おい。なんとかいったらどうなんだ?」
 額に垂らした前髪をいじりながら、シュンに近づいてきたのは、最悪のクラスメイト—卓郎だった。

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化け物が現われると噂される不気味な洋館〈ジェイルハウス〉。無人であるはずの屋敷内に響き渡る怪しげな物音。窓の向こう側からこちらを覗き込む血走った目玉。建物から逃げ出そうと玄関に向かうが、なぜか扉はびくとも動かない。 「ねえ、シュン君。もしかして私たち、ここに閉じ込められちゃったんじゃないの?」
青鬼に捕まれば殺される—史上最悪の鬼ごっこが今ここに始まった!


小説第2弾も好評発売中!

小説版のキャラクターも登場する公式アンソロジーコミックも好評発売中



そして2014年晩夏—『青鬼』ノベライズ第3弾 発売決定!

この連載について

青鬼

noprops /黒田研二 /鈴羅木かりん

個人制作のフリーゲームでありながら、20万部突破の小説化、AKB48入山杏奈さん主演の実写映画化と、とどまるところを知らない人気を博している「青鬼」。 近日発売が予定されている小説版『青鬼3(仮)』に先立ち、人気の火付け役となった小...もっと読む

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a2toshi 拡散カクサン。 約4年前 replyretweetfavorite

kuroken01 小説版『青鬼』がネットで手軽に読めます! 第1回は無料。どぞどぞ。 約4年前 replyretweetfavorite