オリーブ』と格差社会

『ユーミンの罪』が好評の酒井順子さんが、雑誌『オリーブ』とその時代、女の子達に与えた影響を分析します。今回は、1984年の『オリーブ』が打ち出してきた付属校カルチャーから、当時の日本の「格差」へと話は拡がります。
この連載に、新たな書き下ろしを加えた『オリーブの罠』 (講談社現代新書)が発売されました。マーガレット酒井先生が復活する「元オリーブ少女&少年の面接時間」全4回も収録! オリーブの罠、とは何だったのでしょうか?

「差」が明確に見えた八〇年代

 今、世の中は「格差社会」と言われていますが、八〇年代当時の女子高生について考えると、今よりずっと「差」が明確に見えていたような気がしてなりません。
 たとえば私が女子高生だったのは八二年から八五年にかけてですが、その頃は、制服のスカートは極限まで長く、そして学生カバンを極限まで薄くつぶしてズベズベ言わせているスケバンもまだ生息していました。一方、付属校生達はスカートを短くしてハイソックスを着用するという、今の女子高生ファッションの源流となる格好で通学していたのです。スカートの長さ一つとっても、両者の違いは著しかった。

 付属校系の女の子達は、早くから「高校生であることには価値がある」という認識を持っていました。色々な意味で恵まれていた彼女達には、大人へ反抗する理由がありませんでした。付属校系の学校は校則がゆるいことも多く、またそれぞれ自分の学校が好きだったので、制服を改造する気にもならない。反抗などという無駄なことをするくらいなら、短いスカートとハイソックスで女子高生アピールをしてモテた方がずっと楽しい、と思っていたのです。
 そんなわけで当時は、どのようなバックグラウンドを持つかで、女子高生の格好はかなり異なりました。通学時の格好を見るだけで、たとえ制服の見分けがつかなくとも、その属性はすぐにわかったのです。

 付属校系の女子高生は、当時の東京の、否、日本の女子高生にとって、一種の先行指標となっていました。インターネット無き当時の世において彼女達は、前述のように経済的に恵まれていたり、親の関係で海外の情報に触れる機会が多かったり、また自身が帰国子女であったりしたため、おしゃれな物や情報を、他人より早く入手することができました。
『オリーブ』が、初期はアメリカ、以降はフランスを目標にしていたことからもわかるように、当時は「白人文化は日本文化よりおしゃれ」だったのです。

付属校生のランウェイだった渋谷

 しかしそれから三十年が経った今、その手の格差は減りました。どんな情報もインターネットによって平等に行き渡るようになりましたし、日本のおしゃれ化が三十年の間にずいぶん進んだため、「白人文化は日本文化よりおしゃれ」とも限らなくなりました。安くシンプルでおしゃれなものが安く手に入るようにもなり、経済力の差がセンスの差には結びつかないように。

 今は、昔の付属校生がしていたような短いスカート+ハイソックスという格好を、あらゆる女子高生がしています。最初は、「なるべく『私は女子高生です』とアピールできる格好でないと、損」という観点から、その手の格好は広まっていったわけですが、今は制服が無い学校の生徒も、
「毎日着るものを考えるのが面倒だし」
 とか、
「みんなこういう格好をしてるから、変った格好をして悪目立ちしたくないし」
 といった理由によって着ている。もはや、親の経済状況や居住地域といった女子高生のバックグラウンドを、服装で見分けることはできないのです。

 三十年前の付属校生にとって、学校帰りに練り歩くランウェイのような街は渋谷だったわけですが、それがセーラー服であれチェックのスカートであれグレーのスカートであれ、短いスカート+ハイソックスというスタイルは、付属校カルチャーに属する女子高生達の証でした。公園通りやセンター街では、同類と察知したなら素早く視線を飛ばし合い、それがディスコやパーティーでたまに会うような知り合いであったなら挨拶を交わしたりするといった社交が見られたものです。

 この手の社交から生まれるファッションや遊び方や流行言葉等が、やがて「渋カジ」や「チーマー」といったものに結びつきました。さらにその手の動きは、渋谷から全国へと伝播していったのです。
 何事も先端を好むマガジンハウス(旧平凡出版)が、付属校カルチャーを好むのも自明であるわけですが、その傾向はそもそも『ポパイ』において色濃く感じられたものでした。付属校カルチャーへのスポットライトは、『オリーブ』の中に一筋流れる、『ポパイ』の残滓でもあったのです。

「学院(ワセダ)と塾高(ケイオー)」の男の子

 ちょうど自分と同世代の女の子達が載っているので、当時の『オリーブ』における付属校カルチャーの紹介ページは、今眺めてもとても面白いのです。私の学校は、校則で禁止されていたので、堂々と雑誌に載ることはできませんでしたが、それでも「『オリーブ』に載りたーい」という子はたくさんいて、偽名と偽校名を使用して載っているクラスメイトの姿も見られるし、実は私も、渋谷での街角スナップページに一度載ったことがあるのです。元モデル志望の私としては、学校にバレる恐怖を一方で持ちながらも、自分の写真が『オリーブ』に載るという誘惑に打ち勝つことはできませんでした。
 また前出のおしゃれなクラブ活動紹介ページの写真を見れば、当時顔見知りだった子の姿がちらほらと。ああ、こんな子達はきっと、自分の子供を首尾よく幼稚舎から慶応に入れているのだろうなぁ……。

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オリーブ』の罠

酒井順子

『ユーミンの罪』が好評の酒井順子さんが、雑誌『オリーブ』とその時代を振り返ります。この連載に、新たな書き下ろしを加えた『オリーブの罠』 (講談社現代新書)が発売されました。マーガレット酒井先生が復活する「元オリーブ少女&少年の面接時間...もっと読む

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_daisylily "基本は「東京が最もイケてる。でもさらなる上位には、別格地としてパリがある」"あるある。パリ特集。 約4年前 replyretweetfavorite

jasminoides 地方在住の中高生にとって、誌面で見るだけの都内高校ネタは、パリよりは近いけど、やっぱり遠くの話で、リアリティなかった… 約4年前 replyretweetfavorite

chocolatganache 昔は知らないけど、現実のパリ学生はかなり地味だと思う… 基本は「東京が最もイケてる。でもさらなる上位には、別格地としてパリがある」という姿勢 約4年前 replyretweetfavorite

LesYeuxDuChat 自分の住んでいる世界はこれで、私はずっと異端の、アメリカでいう図書館少女@ブスでした。 約4年前 replyretweetfavorite