星々たち』に乾杯を—薄気味悪い書店員のオススメ

有楽町の三省堂書店は、世にも不思議な謎に満ちている。そこに迷い込んだお客は、いつの間にか本を手に取りレジに並んでしまうという――。カリスマPOP職人であり、人気書店のTwitterの中の人として知られる書店員・新井見枝香さんの愛と妄想が炸裂した書評をお届けします。
今回は、桜木紫乃さんの珠玉の連作短編集『星々たち』について、新井さんの愛と妄想が渦巻きます!

星々たち
『星々たち』桜木紫乃

「はやく! 店長、呼んでっ!」

 レジカウンターに来るやいなや、顔を紅潮させた熟女にそう言われると、すわクレームか!と毎度肝が冷える。

 なんのことはない、店長を呼べば、彼女たちはご機嫌で世間話をし、おすすめの本を聞いて、必ずそれを買って帰るのだ。要は、ご指名である。

「お客様、ご機嫌麗しゅうございます」

 そういうと、奥から現れたダークスーツのナイスミドルが完璧なスマイルを見せた。

 浅黒い肌に真っ白な歯。このコントラストにやられる女性客が非常に多い。彫りの深い顔をオールバックがより際立たせている。自分の魅せ方をよく知っているのだ。

 かつてカリスマ書店員として文芸書を担当していた店長は、マダムたちが欲している物語をピタリと探し当てる能力にも長けていた。

 有楽町店の売上における店長効果は絶大だ。

 マダムの対応を終えた店長が、大きな花束を抱えて戻ってきた。店長のおかげで、有楽町店の事務所は花を欠かしたことがない。

「新井さんは、たしか自転車通勤だったよね?」

 いちばん下っ端の私に声が掛かったのは、店からいちばん近くに住んでいるからだ。

「じゃあ、来週金曜日オープンだから、よろしく!」

 店長はそう言って私に花を預けると、キラッとあの笑顔を見せた。

「えっ、あ、はい!」

 金曜日から、彼の肩書きがひとつ増える。

〈三省堂書店有楽町店 店長 兼 ブックバー三省堂 マスター〉

 自らの能力とルックスを最大限に活かす一大プロジェクトを、野心家の店長はついに本部に認めさせてしまったのである。実績を上げている人に、誰も文句は言えない。

 開店を明日の夜に控えた木曜日の朝礼。

 私が当番だ。

「ブックバー三省堂の詳細をお伝えします。えー、毎週金曜日、店長、いえ、マスターの出勤時間は17時から25時です」

 どよめく従業員をよそに、店長は目を閉じたまま、こくんと頷いた。

 ちなみに、うちは有楽町駅前の書店とはいえ、平日は22時、日曜祝日においては20時に閉店する。いくら残業したとしても25時はない。終電に間に合わないからだ。

「店長の公休日は今まで通り、土曜日、日曜日です」

 こくん、こくん。

 確かに、それなら翌日の勤務に響くことはない。

「毎週金曜日はすぐそこの帝国ホテルに宿泊します」

 確かに、終電で帰ることは不可能だ。

「って、アホかー! どこの大物作家だっ!」

というツッコミは、当然ない。

 店長がそう決めたなら、それだけ稼ぐ自信があるのだろう、と従業員は思うのだ。

 かくして、閉店後の三省堂書店有楽町店1階レジカウンターに、ひっそりとバーが開店することになった。

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なぜ有楽町の三省堂書店は手ぶらで帰してくれないのか

新井見枝香

有楽町の三省堂書店は、世にも不思議な謎に満ちている。そこに迷い込んだお客は、いつの間にか本を手に取りレジに並んでしまうという――。カリスマPOP職人であり、人気書店のTwitterの中の人として知られる書店員・新井見枝香さんの愛と妄想...もっと読む

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yrakch_sanseido 桜木紫乃節炸裂の名作!“@cakes_news: 有楽町三省堂書店の名物Twitterの中の人がお届けする、ウソのようなマコトの書評あります|” 4年弱前 replyretweetfavorite