ついついフードを描いてしまう人、描かない人
岡田育(以下、岡田) 早速ですが、会場の皆様のお手元にピンク色のすてきなサムシングが配られているかと思います。福田さん、この液体はなんでしょう?
福田里香(以下、福田) これは『まんがキッチン おかわり』でもご紹介している、萩尾望都先生の『ポーの一族』をイメージしたフレーバーウォーターです。アラン味です(笑)。皆さん、乾杯の準備はよろしいですか? もちろん、グラスは「リヴァイ持ち」ですよ。
岡田 『ポーの一族』だけど『進撃の巨人』のリヴァイ持ちで。皆さんキョトンとしてますね(笑)。
福田 合ってます(笑)。どちらも他者に心臓を捧げる話ですから! さあいきますよー。「漫画に心臓を捧げよ!」
(一同乾杯)
岡田 あ、すごい、飲むと後からラズベリーの香りがぐっときますね。
今回ふるまわれたのは、『おかわり』内でもレシピの紹介されているアラン味のフレーバーウォーター。一同で10リットルを飲み干した。(撮影:AKi)
福田 というわけで、今回の対談のお相手は文筆家の岡田育さんです。
岡田 よろしくお願いいたします。
福田 なんで岡田さんにお願いしたかといいますとね、岡田さんがお書きになった『ハジの多い人生』を読んだんです。この「ハジ」って、一瞬「恥」の方かなと思うんですけど、実は『はじっこ』の多い人生、という意味なんですね。表紙でも、女の子がパンのはじっこをかじってる。
岡田 はい、「端」です。
福田 『まんがキッチンおかわり』では、吸血鬼ものの『ポーの一族』だったり、戦記物の『シュトヘル』だったりと、食を直接のテーマとしていない漫画内での、フードの扱いを分析したレシピ本です。岡田さんの本には、これらのマンガと同じバランスでフードが描かれていて。ちょうどまさに文章版だと感じたんです。ジャンルとしては全く料理エッセイではないんだけど、読むといい感じでフードが出てくるんですよね。
岡田 いやー、これは完全に無自覚でしたね。フードは、物語の登場人物の機微を表したりアイコンとしての役割を果たしていたりする、というのが福田さんの提唱されている「フード理論」の根本ですが、まさか自分の本にもあてはまるとは……。福田さんにご指摘いただいて初めて、こんなにむしゃむしゃ食べてたんだなって気づきました。ピロシキ、歌舞伎揚げ、上海蟹、鶏皮ポン酢……炭水化物ダイエットの話もあるし。
福田 処女作でついついフードを書いてしまう人と、書かない人がいるんですよ。萩尾先生の処女作は「ルルとミミ」というタイトルなんだけど、これは女の子二人が、失敗したケーキでギャングをやっつけるっていう話なの。岡田さんも、処女作を食パンにひっかけて書いたってことはやっぱりフード側の人なんだと思って、対談のお相手をお願いしました。あと、ものすごく漫画に詳しいから。
岡田 いやいや、福田さんほどではございません……。
福田 いやいやいやそんなご謙遜を……。
岡田 やめましょう、この、オタク同士の身の引き合い(笑)。
福田 今回は、そういったオタクな方面も含めて、たっぷりお話したいなと思っています(笑)。
表紙イラストに隠された、よしながふみの“アレ”。
福田 今回の表紙絵はよしながふみさんにお願いしました。依頼をした時、「希望を全部言ってください」って言われたんですよ。
岡田 オーダーメイドというわけですね。どんな希望を伝えたんですか?
福田 まず白バックで、二十代のイケメンを二人立たせる。一人は「よしなが男子」の最高峰のイケメン、もう一人は絶対天然パーマの眼鏡。よしながさんの本にはおいしそうな料理がいっぱい出てくるから、今回はあえて失敗した料理を描いてもらいました。それから、受け攻めがわからないような、もやっとした構図にしてもらいたいとお願いして。
岡田 この二人の距離感、絶妙ですよね。パーソナルスペースは侵害しまくっているからただならぬ関係とはわかるけど、べったり背中をくっつけてはいない、という……。
福田 会場の皆さんの中で、よしながさんの同人誌買ってた人いる? よしながさんって長い間同人活動をしてらっしゃったんだけど、その頃に作っていた本が、毎回常に真っ白なバックに男の子が二人立ってるだけ、っていう表紙だったの。そのくらいシンプルな構図の本で、コミケのシャッター前を取った人だったんですよ。(※)だから、よしながさんの同人時代を知っている人が見たら「ああ福田さん、アレね」ってわかるデザインなの(笑)。
※コミックマーケットにおいて、超人気サークルは、長大な行列をホール外に並ばせる為にシャッターの前に配置される。転じて人気サークルのことを「シャッター前」と呼ぶことも。
岡田 そんな秘密が!
福田 いいでしょう。自分ご褒美というか、もう、これある種の勲章です!
大島弓子は腐女子を救う
福田 扉に載せたのは、大島弓子さんの『アポストロフィーS』の1シーン(※)です。岡田さんはどうですか、大島弓子作品。
※『おかわり』扉では「食うべきか? 食わざるべきか? それが問題だ」という巻頭句とともに掲載されている。
岡田 私は、萩尾望都と大島弓子でいったら、萩尾望都派だと思うんですよ。小学生のとき親戚のおねえさんから譲り受けて初めて読んだ「花の24年組」作品は、萩尾望都と山岸涼子、竹宮惠子。もちろん、その後になって大島作品も一通り読んでいるんですけど、ちょっと没入して読めなかったんですよね……。中学生の頃で、その時はもう完全に少年漫画脳になっていて。
福田 なるほどね。岡田さんの子ども時代って、ジャンプでいうと何が連載されてた頃?
岡田 『聖闘士星矢』ですね。私、『聖闘士星矢』の続きが気になってジャンプを読み始めたんです。女の子っぽいものより、どちらかというと男の子テイストな作品が好きでした。だから、後から手に取った大島作品に対しては、自分では絶対に着られないすてきなお洋服が、ショウウィンドーに飾ってあるのを外から眺めている、みたいな……そういう距離を感じていたんです。福田さんは、大島さんに多大な影響を受けてこられたとのことですが。
福田 大島さんはね、オタク文化を俯瞰する目線を持っていた人だと思うんですよ。あの、ちょっと話が飛ぶけど、私の若い頃って「オタク紀元前」なのね。「オタク」っていう言葉が出来たのが、私が大学を卒業した後なんです。その言葉を知って初めて、「ああ、あの何でもガンダムの話につなげていたあいつはオタクだったのか」なんて気づいた世代。
岡田 あー、なるほど。私は80年生まれなので、漫画好きになってから「オタク」を名乗るまでは、すぐでしたよ。私が子どもの頃は、「腐女子」という言葉はまだありませんでしたけどね。
福田 じゃあ岡田さんは「腐女子紀元前」生まれだ。
岡田 「オタク冬の時代」を過ごした世代かもしれません。宮﨑勤事件があって、「オタク=犯罪者予備軍」というような風潮が出てきたのが、私が9歳の時でした。それまでは、教室の中で漫画に詳しい子はエライ、カッコイイという雰囲気があったんですけど、宮崎事件によって一気にスクールカーストの底辺に落ちたんですね。女の子がちょうど色気づく時期とも重なって、オタク仲間が手のひら返したように脱ヲタして光GENJIのファンになっていきましたよ。
福田 その需要のせいか〜、光GENJIの人気爆発は(笑)。
岡田 ま、その後、SMAPが『聖闘士星矢』のミュージカルやるんですけどね! 自分がオタクであることに自覚を持たざるを得なかった世代というか、隠れるにせよ、逆に「オタクで何が悪い」と社会に向かって反発するにせよ、覚悟の要った世代だと思うんです。私は後者でしたが、やおい二次創作やBLといったジャンルに関しては、文化が今ほど成熟していなかったし、性的なニュアンスを含む面もあったので、やっぱりちょっと隠していましたかね。今は、BLとか腐女子趣味とか、すごくオープンになっていますけど。
福田 それこそ私たちの時代は、腐女子なんていう言葉もないし、アニパロだとかやおいだとかその手のものは、漫画好きの中ですらちょっと汚らしいものとして扱われていた印象ですね。岡田さんは、周りに同じような趣味の友達はいたの?
岡田 下から女子校育ちだったので、クラスに占めるオタク女子の数も多かったと思いますね。そういう意味では、「私一人でこの秘密を守らなきゃ!」って感じではなかったです。
福田 私はそっち。「この秘密を一人で守らなきゃ!」って方。こういう話を人とできるようになったのは40過ぎてからなの。だから、大島弓子についてのゲスな話もできなかった。大島弓子好きって、オタクではないただの可愛いもの好きというか、いわゆる「オリーブ」層も多かったんですよ。彼女たちに、「大島弓子が初めて腐女子を描いたんだよね!」とか言っても通じない。
岡田 それはそうでしょうね(笑)。オリーブ魂をもって大島弓子を熱く語る人々、女子だけでなく男子もいますけど、ちょっと話が通じない……。おまえらが好きなのは猫耳とエプロンだけだろっていう。
福田 「少年愛」の世界を描く漫画家はたくさんいたけど、「『そういう物語を描かざるを得ない女の子』が現代の日本社会に存在しますよ」ってことを、それも腐女子という概念が確立していなかった時代に、ひとつ俯瞰して描いたのは大島さんが初めてなんです。だから、私は大島さんが好きなの。救われたって思ったのよね。
岡田 なるほど、そう言われると、大島作品との距離がぐっと近くなった気がします。私はきっとまだきちんと咀嚼できてないんですね。
(中編へつづく)