30歳の地図—博多の怪人、新宿に現る 中編

今回も前回に続き、タモリを”発掘”した、ジャズ・ピアニストの山下洋輔とのエピソードを振り返ります。ひょんなことから福岡でタモリと出会った山下洋輔トリオは、その「芸」にメロメロになり、ふたたび福岡に訪れた際にもなんとかタモリを探し出しました。その後も行動をともにしていく中で、初期タモリの地下室芸が徐々にできあがっていきました。

終戦直後に生まれ古希を迎えた稀代の司会者の半生と、 敗戦から70年が経過した日本。
双方を重ね合わせることで、 あらためて戦後ニッポンの歩みを 検証・考察した、新感覚現代史!
まったくあたらしいタモリ本! タモリとは「日本の戦後」そのものだった!

タモリと戦後ニッポン(講談社現代新書)

山下トリオが福岡に来るたびホテルへ連れ込まれる

福岡のホテルで「森田」という男と出会ってから約半年後、山下洋輔・中村誠一・森山威男のトリオはふたたび彼の地を訪れることになった。もう一度あの男を呼びたいが、いかんせん名前しかわからない。一体どうすればよいのか考えた末に、彼らが思いついたのは、「あいつはジャズ好きに違いないから、地元の老舗のジャズ喫茶に聞けばいいのではないか」ということだった。そこで訊ねたのが、天神のジャズ喫茶「コンボ」マスターの有田平八郎だ。当然のごとく有田は森田を知っており、無事に連絡がついたのだった—。

以上の文章は、タモリ本人の発言をもとに再構成したものである(『赤塚不二夫対談集 これでいいのだ。』)。実際には例のホテルの一室には有田も居合わせたというのだから、タモリを呼び出すのはわりと容易だったような気もする。山下は山下で、《その後、九州に行くたびに、どこからともなくタモリは現われた》と書いているのだが(山下洋輔『ピアノ弾き翔んだ』)、むしろこっちのほうが怪人っぽくて、タモリらしい。

それでも、現れた先が山下たちと主催者との打ち上げの席であれば、タモリは酒席が終わるまでその場でずっと待っていたという。彼のやることのほとんどは、そういう公の場所ではサシサワリのあるものだったからだ。とはいえ、タモリが姿を見せれば、山下たちは一刻も早くホテルの部屋に帰りたくなって、ソワソワし始める。ついには主催者には詫びを入れながら早退、そのままタモリを抱えるようにしてホテルに連れ込み、朝まで悶絶するのだった。後年「国民のおもちゃ」を自称することになるタモリだが、当時から「山下トリオのおもちゃ」として丁重に扱われていたのである。

タモリにワイパー代わりにされた名ドラマー

山下たちが九州をツアーでまわったときには、そのうち何カ所かにタモリも同行している。トリオを自分の車に乗せて移動中、タモリは高速道路の料金所の職員相手にインチキ中国語で押し通したこともあった。早稲田大学のモダンジャズ研究会の演奏旅行中、列車内で見知らぬ乗客相手に中国人のふりをしたときと同じだ。山下たちには絶対に笑わないようにと釘を刺したうえ、中国語でやり出したのはいいものの、思いのほか長引き、気づけば後続車が長蛇の列をなしていたという(片田直久『タモリ伝』)。

九州北部のある街を訪れたときには、こんなこともあった。風邪気味で体調が思わしくないため、演奏を終えてホテルに一旦戻った森山威男を、タモリが車で迎えに来る。山下らほかのメンバーはすでに打ち上げ会場に移動していた。「会場はよく知っているので、どうぞ乗ってください」と申し出たタモリの厚意に、森山は何て親切な人だろうと素直に感謝した。

だが、いざ車に同乗して会場に向かったものの、外は土砂降りの雨。気がつけばワイパーが止まり、フロントガラスの向こうはまったく見えなくなっていた。危険を察したのか、タモリはいきなり助手席の森山に「すみません。ワイパーを動かしてください」と信じられないことを言い出す。一体どうしたらいいのかと森山が聞き返すと、彼は「窓を開け、横から手を出して動かしてほしいんです」といたって真面目そうに懇願したという。

結局、森山は覚悟を決め、車から身を乗り出すいわゆる箱乗り状態で、上半身ずぶ濡れになりながら“人間ワイパー”と化したのだった。会場には無事たどり着いたが、さっきまで森山がタモリに抱いていた感謝の念は吹き飛び、「何てことをさせるんだ」とすっかり憤慨していたそうな(片田、前掲書)。

ハナモゲラ語を生んだ人間関係
この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes・note会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

この連載がついに書籍化!「森田一義」はいかにして「タモリ」になったのか。関係者への追加取材や大幅加筆でその足跡をさらに浮き彫りにします!

この連載について

初回を読む
タモリの地図—森田一義と歩く戦後史

近藤正高

2014年3月31日、『笑っていいとも!』が32年間の歴史に幕を下ろしました。約32年間、毎日テレビに出続け今や国民的タレントになったタモリ。そんな「昼の顔」だけでなく、アングラ芸で身を起こし、深夜番組『タモリ倶楽部』で披露する「夜の...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

kiq 山下洋輔とタモリの交流 4年弱前 replyretweetfavorite

donkou 連載更新されました。福岡で発見され上京するまでの“空白期間”、タモリは山下トリオとどんな付き合いをしてたのか? 4年弱前 replyretweetfavorite