前回は、アドテック東京のこれまでの3年間の変遷を振り返り、2011年から加速し始めたスマートフォンの普及によって「タッチ画面のエクスペリエンス」と「ソーシャルメディアによって喚起された新たな欲望」という2つの問題が、マーケターの前に立ちはだかるようになった、という話をしてきました。
とはいえ、それらはどれも別に今に始まったことではなく、以前から予期されていたことでもありました。デジタル・マーケティングのビジョンは、これらをうまく取り込み、革新を起こしていくための方法論を含んでいました。それが、前回の最後に少し触れた「ビッグデータ」と呼ばれる非定型データの解析です。
「膨大なデータを集めて解析しさえすれば良い」は幻想だった
ビッグデータを活用する手法そのものは、昨日今日始まったものではありません。デジタル・マーケティング、特にその中でもインターネットを活用したマーケティングにおいては、ウェブシステムの特性上、膨大なデータが勝手に集まります。それを解析して得られる示唆を日々サービス内容やマーケティングに反映させるということは、ネット企業であれば当たり前のようにいつもやっていることです。
私自身も2001年から10万人規模のウェブサービスの立ち上げ・運営に携わっていましたが、その当時すでに私は、配信したメールの開封やウェブサイトへのアクセス、広告のクリックなどの状況が克明に記録された数メガバイトのログデータを毎日取得しては、さまざまな統計解析を行っていました。
私の時代はまさに生データをサーバからダウンロードしては、それをスプレッドシートソフトに読み込ませ、毎日数時間スプレッドシートと格闘しながら、最終的にわかりやすいランキングやグラフを作成していました。今ではそれよりもはるかに大規模な(数千万、数億人といったユーザー数のサイトの)データでも、あっという間にあらゆる切り口でランキングやグラフを作成したり、キーワードを抽出してくれたりするウェブサービスが現れています。
ウェブを通じて集められた膨大なデータの多面的な解析がきわめて容易になったことで、誰もがこれまではっきりと分からなかった消費者の興味関心のトレンドや購買行動の頻出パターンが見抜けるようになり、売り上げや利益をどんどん伸ばせる敏腕マーケターになれる。そういう期待すら、かつての昨年までのネット業界には漂っていました。
しかし、今年のアドテック東京では、何人ものパネリストがそうした期待が実は幻想に過ぎなかったことを公言しました。
私にとって興味深かったのは、高級ホテル・レストランの予約サイト「一休.com」の汲田貴司CMOの話です。彼はこうコメントしていました。
「データ収集の仕組みやその分析ツールが発達したことによって、ユーザーの個人情報を元に精緻にターゲティングして大量の(広告)情報を送りつけるといったことができるようになった。しかしその反面、ユーザーはそれを『またか』と思うようになり、飽きられたり嫌な気持ちにされたりといったことが起きている」
ビッグデータを解析してマーケティングへの適用をする前に、お客さんはそもそもどんな気持ちでその情報を見るのか、何を見聞きしたときに心を動かされるのか。マーケティングする側に、タッチ画面やソーシャルメディアと日々接している消費者の根本的な「心理洞察(インサイト)」がなければ、そもそもデータドリブンのデジタル・マーケティングなど意味がないのではないか——。猛スピードで進化してきたアドテクノロジーがたどり着いたのは、結局この伝統的なマーケティングの「原点」とも言える地点だったわけです。
グローバル企業2社が見せた、「ローカル人材」の重要さ
では、こうした状況に対して、広告主企業はどのように対応していくべきなのでしょうか。
今回のアドテック東京では、グローバル企業2社のマーケティング担当トップが来日し、自社の取り組みを基調講演で紹介していました。ユニリーバ、そしてギャップ(GAP)です。この2社のプレゼンは、ある意味とても対照的でした。
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