社会にとって起業/ベンチャーとは何か

人気ブログ「isologue」を運営し、起業支援を多数行う磯崎哲也さんが、『起業のエクイティ・ファイナンス』という本を出されました。2010年に出版されてすぐにベンチャーでバイブルとなった『起業のファイナンス』の続編といえる本です。
この連載は同書の最終章を再構成したものです。ファイナンス的な観点からベンチャー生態系の未来像を提示し、そこに到達するためのスピードを加速するために、どのような方策を取ればいいのかを教えてくれます。

 まず原点に立ち返って考えてみます。
 そもそも起業はなぜ増やす必要があるのでしょうか。

 起業する個人にとって、起業の意味は、「チャレンジ」「修行」「莫大な財産を手にするための手段」「自分が生きた証をこの世に刻む行為」「自分がやりたいことをやるためのステップ」等、実にさまざまな動機が考えられます。では、社会全体から見た場合に、起業やベンチャーにはどういった意義が見いだされるでしょうか? 以下で考えてみたいと思います。

起業は雇用を増加させる

 まず第一に、起業は新しい雇用を創出します。
 実際、マクロ的に見て雇用を生んでいるのは、図表1のとおり、設立5年未満の企業が中心です。

図表1 企業の社齢別に見た常用雇用の純増

 もちろん、個々の企業をミクロに見ると、社齢(設立からの年数)が短い企業でも雇用を減らしていることもあるでしょうし、社齢が30年でも雇用を増やす会社もありますが、マクロ的な観点から日本全体の社齢ごとに集計してみると、雇用を生んでいるのは若い企業だということになります。

 つまり、若い企業(すなわち起業)を増やすことは、雇用増に直結する施策なのです。

起業への投資は経済成長に直結する

 同様に、ベンチャーへの投資はGDP(すなわち経済成長)に直結します。※1
 一般的な「投資」は、そのすべてが経済成長やGDPに直結するとは限りません。たとえば、A社が東京証券取引所で取引されているソフトバンクの株式を1,000万円、証券会社で買うとします。この場合は、A社の持っている1,000万円が、ソフトバンクの株式を売却した他の人に移動するだけです。※2
 「投資」は、会計的に考えると基本的には「貸借対照表的」な資産や資本に関する概念なので、通常は「損益計算書的」な支出や所得には直結しないわけです。  
 ところがベンチャーは、すごい勢いで成長するので、お金がいくらあっても足りないことが多く、調達した資金は(良くも悪くも)たいてい半年とか1年でその大半を使ってしまうわけです。
 使われた資金は、たとえば、従業員を採用したら採用コストや従業員への給料に、オフィスを拡張したら、大家さんに払う賃料や工事業者に払う内装工事代金、机や椅子、その他のいろいろな機材の購入などに充てられることになります。GDPというのは、そうした国内の所得の積み重ねですから、国内に事務所がある会社であれば、その大半は、従業員やオフィスの大家さんや取引先の所得、すなわちGDPに直結するわけです。

※1 この中には、前述の雇用増を金額換算したものも含まれることになります。
※2 もちろん、こうした株式の流通市場があるからこそ、ソフトバンクは株式を発行でき、その増資で得た資金で設備投資などをすることができるので、流通市場の取引がムダだと言っているわけではありませんので、念のため。また、売却で1,000万円の資金を得た人が、パーッと消費に使っちゃうかもしれませんので、そちらのほう(資産効果)からもGDP増加の役に立つ可能性はあります。

税収増に直結する

 また、国内の従業員の給料や、オフィスの大家さんの家賃収入、取引業者の利益が増えれば、それは税収の増加にもつながります。

 加えて、ベンチャーの株式がIPOやM&Aで売却されてキャピタルゲインが発生した場合、ベンチャーの純資産よりははるかに高い(つまり「将来の期待」を盛り込んだ)企業価値で取引されることが多いですので、そのキャピタルゲインに課税するということは、国としては、本来、もっと将来にならないと課税できないはずの税金を先取りできることでもあるわけです。たとえば今後10年で仮に時価総額10兆円の企業を1社、時価総額1兆円の企業を20社生み出すことができ、その30%程度の株式がその株価で取引されることになれば、約10兆円の譲渡所得が発生し、国と地方自治体を合わせて約2兆円の税収増につながることになります(もちろんこの他に、そうした成長したベンチャーが生み出す雇用や売上から取れる税収もあります)。

 よく「日本のベンチャーキャピタルは全然ダメだけど、アメリカのベンチャーキャピタルは優秀で、GoogleやFacebookといった企業を生み出して大儲けしている」と考えている人がいますが、実は米国のベンチャーファンドの8割も、上場株式市場の指数を上回るパフォーマンスは上げられていません。※3
 ただし、米国で年間2~3兆円規模で行われる投資の大半がややマイナスであっても、たまにFacebookやGoogleのような、10兆円を超える時価総額の規模の企業が登場するので、全体としては十分ペイしていると考えられますが、儲かった分だけでなく、その2~3兆円の投資自体もが税収増にもつながっているわけです。

※3  カウフマン財団のレポート「WE HAVE MET THE ENEMY… AND HE IS US 」によります。

市場メカニズムを支える機能

 次に、起業は「市場メカニズム」を構成する重要な機能だということが言えます。
 ここでいう「市場」とは、「需要と供給を見て売ったり買ったり」する機能のことだけではなく、「あそこにビジネスチャンスがある」と機会を発見し、人や技術・資金などの経営資源を組み合わせて新たなビジネスを作り上げる機能、すなわち、現代の自由主義社会を支え、発展させてきた根源的な機能を指します。※4
 つまり、ベンチャーは、「市場メカニズム」そのものと考えることができ、「政府に頼る」「環境を整えてもらわないと何もできない」といったスタンスとは正反対のものということになります。

※4 経済学的に言うと、「短期の市場」は新規に企業が参入したり、市場からの退出が発生しない場合のことを指しますが、起業とは市場への参入のことであり、参入や退出まで考えた「長期の」市場メカニズムの一部ということになります。

「多様性」によって社会は豊かになる

 起業やベンチャーという言葉を聞くと、「すばらしい」と思う人も「うさんくさい」と思う人もいると思います。「ベンチャーがやっていることって、ほとんどくだらないことだよね」と思っている人も多いんじゃないでしょうか。しかし、(犯罪や反社会的なことはいけないのはもちろんですが)新しい企業が「くだらない」のは別にかまわないのではないかと思います。

 インターネット黎明期の90年代、国として光ファイバーにどう取り組むかを検討する会合で「光ファイバーにどういうコンテンツを流して何をするか」という話になったとき、若い女性の委員が、「ファッションとか、いろんなかわいいグッズのお買い物ができたりとか~」という話をしたら、政府のエラい人が「そんなくだらないコンテンツを流すために、我々は何百億円もの資金を使って光ファイバーを敷設するのかね?」とあきれた、という話があります。
 しかしよく考えてみると、この「ほとんどの人にとっては、くだらない」ものがあふれているところが、自由主義社会の素晴らしいところではないでしょうか。

 仮に、現代の日本の道路で、走っているトラックの荷台を全部開けて調べることができたとしましょう。その荷台の中に入っているのは、そのほとんどが、読者のみなさんの好みには合わない家具や洋服、食べたくもない食品、まったく興味のないジャンルの本や雑誌などではないかと思います。百貨店やコンビニやスーパーに行っても、ほとんどの人は「金があったらこの商品全部ほしいなあ」とは思わないでしょう。

 一方、旧社会主義国では、デパートといってもモノがほとんどなく、ショーケースの中もガラガラということもよくありました。店で売っているものは、「国民がほしがるものばかり」ということもあったと思います。いくら頭がよくても、一握りの人が社会全体のことを考えると、「パン」「肉」「芸術性の高いバレエ団」「宇宙開発のためのロケット」といった、「くだらなくない」ものだけしか生産されなくなるからでしょう。人間が他の人がほしいものを想像する能力には限界があります。そしてご存知の通り、計画経済でそうした「一部の人が考える素晴らしいもの」の生産を積み上げても、結局は自由主義諸国の経済には対抗できなくなり、社会主義体制の国の多くは崩壊するか、自由主義的な要素を取り入れる修正をすることになりました。

 逆に言えば、現代の自由主義国家では、「ほとんどの人は興味ないが、一部の人には需要がある」という、細かいニッチな需要を、それぞれのニッチに詳しい人が、丹念に拾い上げており※5、その細かい積み重ねが結果として大きなGDPを生んで、多くの人が豊かな暮らしをすることができているのだと考えられます。

※5  ネットの世界では、Amazon.comなどの商品構成で「ロングテール」という言葉が使われます。今までなら少量しか売れないので取り扱ってもコスト割れになったようなものの売上の積み重ねが、そこそこのボリュームになるという現象です。
 また、中国は「社会主義」の国ではありますが、Alibaba社のネット上のマーケットプレイスでは、1日に日本円で数千億円の取引が行われるようになっており、数百万の店舗や数億人の消費者、配達業者、決裁業者、金融業者などが、ネット上の情報(API=Application Programming Interface、外部のプログラムからデータなどを自動的に呼び出せるインターフェイス)を介して、世界で最先端の市場経済が誕生しています。そして日本のソフトバンクが、その持株会社の株式の3割超を持つ筆頭株主になっています。

「競争」がクオリティを上げる

 しかし、現在の日本は、(少なくとも米国に比べると)この「新しい需要」を見つけてビジネスとして作り上げる機能が全体としては弱く、それが経済の成長率にも影響していると思われます。

 たとえば日本でも、マンガ、アニメ、ラーメン、フレンチ・和食・イタリアンといったレストラン、お笑いなど、比較的投資が少額ですむ領域は、競争も熾烈ですし、それにもかかわらずチャレンジする人が後を絶ちません。しかも、こうした熾烈な競争がある領域は、世界的に評価されるクオリティの製品やサービスを生み出しています。マンガやアニメは、世界の人に愛されていますし、ミシュランのレストランのガイドブックでは、フランスを超して日本が世界で最も星を多くもらっていて、飲食店のレベルも非常に高い。
 現代に限らず、戦後、浜松を中心に数百社勃興したバイク産業や、その影響を受けた自動車産業も激しい競争にさらされた産業であり、現在でも世界で評価されるクオリティの製品を供給しています。だから、よく言われる「日本人は農耕民族だから、狩猟民族であるアングロサクソンみたいな競争社会には絶えられない」※6といった意見には、まったく根拠がないと思います。

 このように、世界中で評価されるクオリティの高い製品やサービスは、「失敗しても大丈夫な仕組みが整備されているところ」というよりは※7、強烈な競争が繰り広げられているところで生み出されています。競争こそが人々を幸せにするサービスやプロダクトを生むのです。

※6  ちなみに(個人的な話で恐縮ですが)私は、農耕を仕事で行ったことは一度もありませんし、狩猟で食っているアングロサクソンの人の知り合いもいません。
※7  「起業を促進するためには、元の会社に戻れるといった、失敗しても大丈夫な仕組みを整備すべきだ」といったことをおっしゃる方が多いですが、私は、それで起業が増える気がまったくしません。起業で誰もやったことがない体験をして磨かれれば、元の会社からお呼びがかかるかもしれませんし、そもそも元の会社に戻りたくないかもしれないですしね。

日本に不足しているのは「投資額の大きな競争」だ

 「日本ではなぜGoogleやFacebookのような巨大ベンチャーが成長しないのでしょうか?」という質問をよくされます。
 私はこれも(「日本人が農耕民族だから」とかではなく)、『起業のエクイティ・ファイナンス』で解説するような、巨額のエクイティ・ファイナンス(株式による資金調達)のための知識や生態系が日本にまだ根づいていないだけのことだと考えています。日本は、敗戦国から高度成長に移行し、半世紀以上にわたって企業の資金調達が銀行融資(間接金融)中心でしたので、直接に投資家を説得するエクイティ・ファイナンスの知識と経験にまだ乏しいのです。

 また、激しい競争の影には、当然、失敗する人もたくさんいますので、必ず「失敗する人のことを考えないのか?」という意見も出てきます。
 しかし、大企業の研究所で研究開発プロジェクトが失敗しても、研究員が責任を取って借金まみれになるといったことにはなっていません。大企業が研究開発のポートフォリオを組んで、たくさん失敗しても、全体では採算が回るようにしているからです。
 それと同様に、ファンドで投資のポートフォリオを組んでリスクを分散するベンチャーキャピタルの仕組みがもっと活用されるようになれば、起業家に過度な負担やリスクを負わせることなく、リスクの高い最先端分野にチャレンジできる社会が実現します。
 実際、ITや製薬などの世界では、自社内での研究開発では間に合わないので、ベンチャーを買収することによって大企業に取り込み、大企業はマーケティングや販路といった「プラットフォーム」的な立場にシフトするという現象が起こっています。


本編はぜひこちらをお読みください。

起業のエクイティ・ファイナンス

この連載について

磯崎哲也の「ベンチャーの未来ビジョン」

磯崎哲也

このたび、『起業のエクイティ・ファイナンス』という本を出すことになりました。ベンチャーの皆さまにご好評をいただいた『起業のファイナンス』の続編的な本になります。 この連載は同書の最終章を再構成したものです。ファイナンス的な観点か...もっと読む

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resourceful0320 起業は雇用を増やし、市場メカニズムを支える機能を持ち、起業への投資は経済成長や税収増に直結する。多様性が社会を豊かにし、競争が質を上げる。投資額の大きな競争をしよう> 3年以上前 replyretweetfavorite

_DSCH 久々の露出?; 3年以上前 replyretweetfavorite

yoshijima_a 磯崎さんの新しい書籍が間もなく発売されますね。最終章を再構成したものがcakesで連載開始です!今回の章だけでも、なるほどー、と深い洞察がうかがえます! http://t.co/SzScvCAmYA 3年以上前 replyretweetfavorite

tal9 “「ほとんどの人にとっては、くだらない」ものがあふれているところが、自由主義社会の素晴らしいところ” 3年以上前 replyretweetfavorite