オリーブ』と付属校カルチャー

『ユーミンの罪』が好評の酒井順子さんが、雑誌『オリーブ』とその時代、当時の女の子達に与えた影響を振り返ります。今回は、「リセエンヌ」路線に加えて『オリーブ』が新たに打ち出してきた「付属校カルチャー」をめぐる分析が始まります。
この連載に、新たな書き下ろしを加えた『オリーブの罠』 (講談社現代新書)が発売されました。マーガレット酒井先生が復活する「元オリーブ少女&少年の面接時間」全4回も収録! オリーブの罠、とは何だったのでしょうか?

日本の少女の戦後が終わった

 一九八三年に、ロマンチック路線へと変更した後、「リセエンヌ」というコンセプトを提示することによって、アメリカと決別し、その舵をフランス方向へと切った、『オリーブ』。 これによって、日本の少女にとっての戦後が終わった、のかもしれません。

 もちろん、アメリカへの憧れは依然強いままではありました。この年、千葉県浦安市に「東京ディズニーランド」が開業。アメリカ以外で初めてできたというディズニーランドに、日本中が盛り上がりました。
 まだらに攘夷気分を持つ女子高生であった私は、「なんでそんなものをわざわざ日本に持ってきて有難がらなくてはいけないのだ。日本人はとしまえんに行っとけ!」とイラついていたのですが、オープン直後に友達から、
「パパがタダ券くれたけど、行かない?」
 と誘われると、
「行く行く!」
 と即答。浦安ではディズニーの魔法にまんまとしてやられ、キャーキャー言いながら楽しんだものです。

 しかしそんな自分達に少し恥ずかしい気持ちを覚えていたからこそ、『オリーブ』が提示した「リセエンヌ」という単語に、我々は飛びついたのでしょう。アメリカ人のように明るくなれと言われても、無理がある。フランスの方がまだ、日本人に近いのではないか、と。
 フランスもアメリカと同様、第二次世界大戦に勝利した連合国側ではありましたが、そんな事情は敗戦から四十年後の女子高生にはどうでもよかった。非アメリカ的なるものに目を向けることが、当時の日本の少女にとっては新しい一歩。『オリーブ』の基本路線は、この年にほぼ固まったと言っていいでしょう。

 しかし『オリーブ』という雑誌が、ただ「目指せ! リセエンヌ」という旗だけを掲げていたのかというと、それは違います。リセエンヌは「海の向こうにいる憧れの存在」であったわけですが、「憧れだけを提示していたのでは弱い」という感覚をも編集部では持っていたものと思われ、もう一つの流れを読者に提示するようになりました。
 その新たな流れの発端は、「リセエンヌの発見」の翌年、一九八四年四月発売の、『オリーブ』第四十二号あたりから示されたのではないかと、私は思っております。この号のテーマは「制服のない学校だから、おしゃれ。」というもの。表紙にはもう一つ「おしゃれな『クラブ活動』したい!」という文も、書いてあります。

『オリーブ』 1984年4月3日号

 表紙も、メインのファッションページも、写っているのは従来通り、外国人モデル。トップのグラビアでは、
「リセエンヌふうに、掛け算式の着こなし、考えましょう」
 ということで、いかにも学生らしいATELIER SABのブレザーを着たショートカットの女の子が。ブレザーに合わせているのは、NICOLE CLUBのダンガリーシャツにネクタイ、そしてハーフパンツという感じで、少年っぽさを演出しています。続く、
「昔風のプリーツスカートで、ロマンチックな女学生の気分。」
 というページでプリーツスカートに合わせているのは、HOLLYWOOD RANCH MARKETのGジャンであったり、BASSOのストライプジャケットであったり。また、パリのリセ「ジャンソン・ドゥ・サイ」のリセエンヌ達の実際の通学スタイルの写真とともに、
「リセエンヌの通学服も、ジーンズなので」
 ということで、デニムのアイテムによる通学服の提案もなされています。

街角スナップで始めた「素人の活用」

 しかしこの号では、「ガイジン、可愛い」だけで話を終わらせていません。カラーグラビアの後、いったんモノクロページを挟み、再びカラーに戻った雑誌の中ほど辺りにあるのは、
「通学に、どんなおしゃれしてるのかな、スナップ」
 という見開きページ。特集に合わせて、制服の無い学校に通う東京の女子高生の通学スタイルが紹介されているのであって、『オリーブ』において街角スナップページが登場したのは、これが初めてのこと。

 写真に添えてあるのは、「成城学園2年C組の紀子さん。ブランドもののバッグにポシェット、バインダー・ノートに赤のショップ・バッグ……中身は何?」とか、「女子学院のマンドリン・ギター部のまきさん。イタ・カジュっぽいジーンズ、キマリ!」(注・「イタ・カジュ」とは、当時流行っていた「イタリアン・カジュアル」の略。後に「イタカジ」となる)といった文章でした。

 今となっては全く珍しくない、ファッション誌における街角スナップですが、『オリーブ』にとってこの号のこのページは、後になって考えてみますと、非常に重要な意味を持つものでありました。
 “重要な意味”の一つは、このページによって「素人の活用」という手法は高校生にも有効、という事実が発見されたこと。リセエンヌっぽい外国人モデル、もしくは本物のリセエンヌは、憧れの対象にはなるけれど、全国津々浦々の読者にしてみたら、おそらく一生、実際に会ったり話したりしない存在。自分の身に引き寄せて考えることができませんでした。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes・note会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

この連載について

初回を読む
オリーブ』の罠

酒井順子

『ユーミンの罪』が好評の酒井順子さんが、雑誌『オリーブ』とその時代を振り返ります。この連載に、新たな書き下ろしを加えた『オリーブの罠』 (講談社現代新書)が発売されました。マーガレット酒井先生が復活する「元オリーブ少女&少年の面接時間...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

Leukosaphir 「附属校カルチャーの中で生きる人にとって、大学生になって初めて遊びだす人を指す『大学デビュー』は、恥ずべき称号でした」えっ? と一瞬思ったけど、附属校に通ってることと附属校カルチャーの中で生きることは、よく考えりゃイコールではない https://t.co/pk16k8AF8K 約4年前 replyretweetfavorite

gendai_shinsho 今考えると、たしかに、リセエンヌと付属校生って方向性としては矛盾していますよね。。。 約4年前 replyretweetfavorite

peonia90 間違った選民意識がココから芽生えてしまった。この辺が年下からウザがられる所なのかな?けど今現在はマイノリティーを自覚してるのだ。⇒ 約4年前 replyretweetfavorite