人の中の「悪魔」を起こすもの

暴力教師、イジメ、高齢者虐待……。時として人間は、それがまるで当然の権利であるかのように、弱者に対して危害を加えます。人を弱者への加害へと駆り立てるものは、いったいなんなのでしょう。

 僕は、どうにも学校という空間が好きじゃなかった。僕が中高生だった昭和50年代は、不良たちがわが物顔で闊歩していた。この頃からイジメもあったし、学年がひとつ上というだけで、下級生に対する理不尽な行為が許されたりするのだ。それから数々の意味不明な校則や頻繁にある服装検査。社会から隔離された密室空間だからこそ、当たり前の社会のルールが正常に機能せず、学校内でしか通用しないおかしなルールや、行動規範が形成されていったのだろう。

 まるでヨタ者のような暴力教師たちの存在も謎だった。80年代の初頭に全国の中学校で校内暴力が吹き荒れたため、高校はこうした暴力教師たちを雇って「管理教育」を徹底したらしい。僕の学校にも、柄の悪い体育教師が何人もいた。そしてこの教師たちはよく生徒たちを殴った。当時、戸塚ヨットスクールの抑圧的な教育方法が問題視されたが、中学校や高校で行われていた管理教育も、本質的な部分ではこの戸塚ヨットスクールと大差なかったように思える。

 高校卒業から数年のち、僕が通っていた高校のある体育教師が逮捕された。なんと教育実習生を殴ったというのだ。この教師は、教育実習生にも「鉄拳制裁」がまかり通ると思ったらしい。また同じ頃、校門に挟まって女の子が圧死するという痛ましい事件が神戸のある高校で起きた。この事件をキッカケに、ようやく「管理教育」の実態が少しずつ問題視されるようになっていったのだ。

新たな密室空間の誕生
 それから30年の時が過ぎた。世の中は少子化が進み、学校側はいま、モンスターペアレントの存在に手を焼いている。それはそれで悩ましいことではあるが、密室でイジメが横行したり、暴力教師が当たり前のように殴っていた時代よりはずっといいのはないかと思うのだ。また、中学生さえスマホを持ち歩く時代は、学校が閉鎖空間のままであることを許さないだろう。あまりに逸脱した行為は、必ず撮影され、ネットで公開されてしまう。

 そして今、密室であるがゆえの深刻な問題を抱えているのは、学校から「介護施設」へと移り変わった。日本全国の介護施設は、人材難にずっとあえいでいる。夜間勤務の人材確保は特に難しい。そこで、施設によっては、本来なら高齢者の介護などに携わるべきではない人材さえも雇い入れてしまう。中には思いっきりパンチパーマのヤクザ・ルックの人さえいるというのだ。

 そして深夜。院長も管理職も帰ってしまい、訪問する人もいない施設は、日没とともに外部の目が入らない治外法権へと変わっていく。そしてそこを管理するのは、前述の適性が疑わしい介護職員たちだったりする。介護される側は認知症が進んでおり、簡単な指示にさえ従えない高齢者が多い。高齢者たちは怒声が浴びせられ、引きずり倒され、背中には足跡がつけられることさえある。経営者がこうした事態に気がついても、なかなか有効な対策をとりにくい。どんなに素行が悪くたって、彼らがいなくなったら経営が回らないから、多少のことには目をつぶらざるをえない。それにうかつに注意すれば、今度は経営者のクルマが凹まされたりと、暴力による脅しが実際に起きてくるのだ。かといって高齢者虐待の事実が知れ渡れば、施設は閉鎖に追い込まれてしまう。だから虐待の事実は闇に葬り去られ、よほどのことがない限り、表沙汰になることはない。


ネット閲覧中に見つけた写真。衝撃的です。

 むろん、こんな介護施設がたくさんあるわけではないだろう。大半の介護職の方は、使命感にあふれる立派な方たちで占められていると思いたい。だが、中にはこういった経営状態の施設があるのも、まぎれもない事実なのだ。

本当にこんな事態が起きているのか?
 上記の話は、先週お会いした本職の介護職の方から実際にお聞きした話で、僕はあまりの事態に言葉を失ってしまった。この話を母に聞かせると、母は、とある介護施設に入居していた自分の姉が受けていた扱いについて話し始めた。足蹴にこそはされなかったものの、リューマチを患っていた肢体不自由な叔母は、ずいぶんな目にあっていたという。ちょっと返事が遅いからと、車いすの上で1時間以上放置される。お見舞いにいった母の目前でも、ごく些細なことで怒鳴りつけられていたという。しかし、あまり苦情を言って施設を追い出されてしまったら、面倒を見れる人がいないのだ。戦中戦後の苦しい中を、辛抱強くまじめに生きてきた叔母の小さな背中を思い出すと、どうにもやりきれない話だった。

 こうしたことは例外だと思いたいが、高齢者が増え続ける今、もしかすると今後さらに深刻化していく問題かもしれない。現に介護施設での高齢者虐待は、増加傾向にある。


厚生労働省 平成23年度高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律に基づく対応状況等に関する調査結果より。

 事態は介護施設だけではない。むしろ、介護職員よりも、身内による加害のほうがずっと件数が多い。養護者による高齢者虐待の相談・通報件数は年間2万5千件を上回っており、こちらのほうも伸び続ける一方なのだ。

 考えてみれば家庭というのもまた、密室化しやすい環境だろう。そして高齢者介護は24時間待ってくれない。介護側にも大きなストレスがかかり、身内であるがゆえの甘えも期待も発生する。そんなときタガが外れてしまうと、歯止めが利かないのかもしれない。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes・note会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

ケイクス

この連載について

初回を読む
IT時代の未来〜それはユートピアかディストピアか?

松井博

現在、IT革命によって世の中の仕組みが急速に変わりつつあります。産業、政治、就労、コミュニケーション…… 影響を受けない分野はありません。未来はどうなっていくのか、こうした時代が私たちにどんな選択を迫ってくるのか、元アップル管理職の松...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

Matsuhiro 4年前に書いた記事。今回のタックル事件で思い出しました。 4ヶ月前 replyretweetfavorite

Kai_fsbb 前期課程の心理とか社会行動論の授業めっちゃ思い出した。 約4年前 replyretweetfavorite

oseki_han https://t.co/v5YUzjs8vf 密室と権力はどうやらそうとう相性が悪いらしい。自分に正当性があると思い込んだ人間に密室で権力を与えてしまうと、「スタンフォード監獄実験」のように人間の中に眠っている悪魔のような加虐欲に、免罪符を与えてしまうのかもしれない。 約4年前 replyretweetfavorite

hal_31 この構図の強者が正義大義を背にしていて、悪いと思わずに始まってしまう暴力。それがまた弱者の被虐性を増してしまう感じがする。更に怖いのは"密室"で次第に消えるモラル。 約4年前 replyretweetfavorite