先生のおとりよせ』をおとりよせ—薄気味悪い書店員のオススメ

有楽町の三省堂書店は、世にも不思議な謎に満ちている。そこに迷い込んだお客は、いつの間にか本を手に取りレジに並んでしまうという――。カリスマPOP職人であり、人気書店のTwitterの中の人として知られる書店員・新井見枝香さんの愛と妄想が炸裂した書評をお届けします。
今回は、漫画『先生のおとりよせ』をご紹介。実在する「おとりよせグルメ」を軸に、マンガと小説のリレー形式で進む、新感覚グルメ作品を読んで、新井さんの愛と妄想が渦巻きます!

先生のおとりよせ (クロフネコミックスデラックス) (クロフネコミックスDX)
「先生のおとりよせ」(クロフネコミックスDX)

あらすじ:出版社からコラボ話を持ちかけられた美少女マンガ家・中田みるく(実は男)と官能小説家・榎村遥華(実は男)。見た目も性格も全く違う作家のタッグに暗雲が立ち込めるが、2人が連携を発揮できるキッカケになったのは、共通の趣味「おとりよせ」だった!

「ハンコお願いします」

 毎朝、担当配達先の三省堂書店有楽町店には、段ボール10箱ほどの荷物を届ける。朝礼前の静かな店内を、台車が軋む音が響く。雑貨や食料品に比べ、書籍は重い。

「おっ、うなぎパイ! いいね~。俺の田舎の名物だよ」

 いつも顔を合わせる、書店員のくせにギャルっぽい男が、台車に載せた別の店舗あての段ボールに手を伸ばした。

「あ、あのっ、そ、それは地下の……」

「わーってるって。そんな甲高い声だすなよ。アンテナショップ宛てだろ? 別に盗りゃしねぇし」

 書店員がわざとらしく、僕の肩を抱こうとする。思わず身を硬め、顔を赤らめる僕を、おもしろがっているのだ。

 僕の前任者は、とても陽気なおじさんで、三省堂書店の飲み会にもよく参加していたと聞く。腰を悪くして退職するときも、多数の取引先から惜しまれたらしい。

 この界隈を歩いていると、彼は元気かといまだに聞かれる。それに対して、気の利いたことを何も答えられないと知ると、みんながっかりした顔で去っていくのだ。

 運送会社に就職したのは、営業をやっても接客をやっても、うまくいかなかったからだ。笑顔がない、融通がきかない、ナヨナヨして気持ち悪い、などと散々言われてきた。

 配達員なら、ハンコをもらう瞬間以外は、うまく笑えなくても許される。それに、運動は苦手だが、ガタイの良さだけは自覚していた。首が太く手足はガチムチというコンプレックスのある体型が、就職には役に立った。

「こ、こちら伝票です。失礼いたします」

 電源の入っていない重たい自動ドアを開け、頭を下げようとしたところ、

「おはよーっす!」

と、別の運送会社の配達員が、荷物を抱えて三省堂書店に入っていった。

 そう、荷物を届ける運送会社はひとつだけではない。でも、この館内のほとんどの店舗が、うちの会社をメインに使っている。クール便があるのも、うちだけだ。

 恥ずかしいほどピチピチしたボーダーシャツに、スパッツのようなハーフパンツの制服には、正直抵抗がある。でも、働くならここ、と決めていた。


 業務用のエレベータで地下へ降りると、昭和の香り漂う純喫茶があった。この建物ができた50年前からずっと営業しているらしい。

 そこへ、店長宛のクール宅配便を届ける。

「こちらはクールです」

「見りゃわかる」

「し、失礼しました……」

「フンッ」

 40代前半と思われる店長は、常に地下にいるせいか肌が青白く、痩せていて小柄だ。僕の体重の半分もないんじゃないだろうか。ちょっとKinKi Kidsの堂本光一に似ているので、心の中で「王子」と呼んでいることは絶対に秘密だ。

 モーニングの時間帯は最小人数でまわしているのか、フロアには彼ひとりしかいない。

 王子とは、喫煙所でたまに顔を合わせる。とても小さな部屋で、向かい合った椅子が1脚ずつしかない。しかし絶対に目を合わせようとせず、それどころか、まだタバコに火を着けたばかりでも、さっさと席を立ってしまう。

 仕事柄、汗臭くならないように30分おきに制汗剤を体中に噴きつけているのだが、やはり臭いのかもしれない。

 昼飯は持参した弁当を、地下の駐車場に停めた車の中で食べる。弁当を作ってくれるような恋人もいないし、親には勘当されている。

 今日のおかずは、ある本で見て、ついお取り寄せしてしまった「一夜干しくさや」だ。車内に独特な臭いが充満する。

「う~ん、ビバ発酵!」

 料理は楽しいから、毎朝作るのは苦ではない。それに、コンビニで買ったカップラーメンのような、いい加減な食事はしたくなかった。

「あっ」

 駐車場の奥にゴミ捨て場があり、館内のゴミがうずたかく積まれている。その影に、あの喫茶店の王子が、大事そうに何かを抱えて立っていた。薄暗くてよく見えないが、今朝届けたばかりのクール便の箱ではないだろうか。

「もしかして……」

 やはり来た。あれは地下のラーメン屋の大将だ。50代に見えるが、僕に負けないガチムチ系で、腕には見事な彫りが入っている。あたりを警戒しているようだが、いつもそこにあることが当たり前の運送会社のバンは、灰色の景色にうずもれて目に入らないようだ。

 二人はそろって壁側を向き、その身長差を縮めるように、大将は不自然なほど頭を傾けている。

 しばらくすると、王子は箱を大将に渡した。大将は箱を小脇に抱えると、王子の手を取り、両手で握り締める。しばらくして離すと、来た時と同じように警戒して去っていた。

 残された王子は、握られた手を大事そうにポケットにしまうと、フラフラとおぼつかない足取りで非常階段をあがっていく。

 実は、この怪しいやり取りを見たのは、初めてではない。今月だけでもう数回、目撃している。

 純喫茶とラーメン屋は目と鼻の先だ。それなのに、わざわざ薄暗い駐車場で待ち合わせて、何を渡しているのか。何を受け取っているのか。

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なぜ有楽町の三省堂書店は手ぶらで帰してくれないのか

新井見枝香

有楽町の三省堂書店は、世にも不思議な謎に満ちている。そこに迷い込んだお客は、いつの間にか本を手に取りレジに並んでしまうという――。カリスマPOP職人であり、人気書店のTwitterの中の人として知られる書店員・新井見枝香さんの愛と妄想...もっと読む

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yrakch_sanseido 中村明日美子さん 榎田ユウリさん「先生のおとりよせ」を死ぬほどおとりよせしたくなるけどそこは有楽町店で!な書評はこちら→https://t.co/vfUqe1BZXN http://t.co/ipeSl9BeQ5 3年以上前 replyretweetfavorite

yrakch_sanseido 本日UP!読んでね〜!“@cakes_news: 有楽町三省堂書店の名物Twitterの中の人がお届けする、ウソのようなマコトの書評あります|” 3年以上前 replyretweetfavorite

hirarisa_ 『先生のおとりよせ』を読んでから読んでも小ネタがわかっておもしろい |新井見枝香 @yrakch_sanseido https://t.co/y0kEUuCNfv 3年以上前 replyretweetfavorite

emymica 新井さんだ…!これは続き気になる。 “@hirarisa_: おおおお、まさかの。 ” 3年以上前 replyretweetfavorite