今から20数年前にヨーロッパを自転車で旅行した時のこと。帰りの飛行機でたまたま隣の席になったマレー人とずいぶん長いこと話し込んだ。浮浪者一歩手前といった風貌のそのやせこけた若者は、1年ほどかけてヨーロッパ各地を回ったという。ひとつひとつの街に2週間から1ヶ月ほど留まり、タダ働きする代わりにタダで泊めてもらったり、絵を描いて公園で売ったりして、ほとんどお金を使わずに旅行したというのだ。しかも絵の勉強をしていたわけでもなんでもないらしい。イタリアの沿岸部では毎日釣りをして夕飯のオカズにしたという。
一方僕のほうは、毎日安ホテルやユースホステルに泊まり、一日120〜150キロほどずつ移動して、5週間でオランダ、ベルギー、フランス、スイス、イタリアの5カ国を急ぎ足で通過しただけだった。パンクしたこともあれば派手に転倒して怪我をした日もあった。大雨にふられたり、宿が見つからなかったりと僕なりのドラマもあった。自転車で毎日150キロほど移動したんだぜ、と得意げに言うと、彼は僕にこう尋ねた。「そんなに移動ばかりして、一体ヨーロッパの何を見たの?」
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。