超入門 資本論」【第2回】労働者は、なぜしんどいのか?

「超入門 資本論」では、現代のビジネスパーソンにとって必要な『資本論』のエッセンスを、使い方・活用方法と共に解説していきます。これを読み終わった時、世の中の見方が変わり、自分が踏み出すべき第一歩が見えているはずです。じつは、ぼくらが長らく悩んでいた疑問は、150年前に既にマルクスが解決していたのです!


〔PHOTO〕gettyimages

日本経済は「失われた20年」と言われる不況に苦しんでいます。2013年、自民党安倍政権が誕生し、いわゆる「アベノミクス」がスタートしました。一部には景気が回復してきた"証拠"があるようですが、国民の大半はそれを実感していません。

一方で、やらなければいけない仕事はあとからあとから湧いて出てきます。

日本は経済先進国です。中国に抜かれたとはいえ、世界3位の経済大国です。豊かな国のはずなのです。しかし、その「豊かな国」で生きるぼくらは、その豊かさを実感していません。むしろ時代が進むにつれて、さらに仕事が長時間になり、しんどくなっているような印象さえ受けます。

これは一体どういうことなのでしょうか? その答えは『資本論』の中にありました。

値付けの論理

労働者はなぜしんどいのか? その大きな理由は「お金」です。つまり、給料です。働いても働いても、給料が上がりません。むしろ、この15年くらいは、給料が下がっています。1997年から2013年を考えると、サラリーマンの平均年収は2007年に一度やや上がっただけで、今年まで継続的に下落傾向にあります。

2000年代前半から、リーマンショックが起こる前まで、日本は通称「いざなぎ超え」という戦後最長の景気拡大期にありました。その景気拡大期にさえも、給料は下がっていったのです。

景気が良くなれば、給料も上がっていそうな気がします。しかしそうはなっていません。ある特定の企業だけ下がっているのであれば、納得もできます。しかし世の中全体的に下がっているのです。

なぜか? その答えを知るためには、まず「商品の価格の決まり方」を理解する必要があります。

商品の値段はどのように決まっているのか?

「自分の商品を高く売りたい」「安売りはしたくない」

多くの方がそう感じていると思います。売り手としては、できるだけ高い値段で売りたいですよね。しかし、売り手がいくらそう考えても、実際に買うのは消費者です。値付けをするだけならいくらでも可能ですが、買ってもらえなければ意味がありません。

消費者に買ってもらうためには、妥当な価格をつけなければいけません。ではその「妥当な価格」とは、一体いくらなのでしょう?

もちろん、それは商品によって異なります。しかし、『資本論』の理論を読み解くと、値付けの公式が見えてきます。つまり、「消費者が妥当と感じてくれる価格」とは? が見えてくるのです。

マーケティングやキャッチコピーだけで売ろうとする前に、基本となる理論を知っておくべきです。

なぜ、そのお茶は160円なのか?

突然ですが、質問です。みなさんは普段からいろんな商品を買っています。たとえば今日もペットボトルのお茶を買ったかもしれません。そのペットボトルのお茶は160円でした。では、なぜ160円なのでしょうか?

それが相場だから? では、その相場は誰が決めたのでしょうか? なぜ160円と決めたのでしょうか?

「160円分の満足感があるから」

近代経済学では、そのように語られます。マーケティング理論でも同じことが言われているかもしれません。

しかし本当にそうでしょうか? あなたはお茶を買う時に160円分の満足感があることを実感して買っていますか? おそらくそうではないでしょう。また、朝も夜も、真夏も真冬も、ペットボトルのお茶は同じ160円で買っています。その時々で満足感は違うはずですが、値段は一緒です。これはつじつまが合いません。

「消費者は、自分が感じる満足感と比べて商品を買う」「その商品から得られる満足感を金額換算し、それより安ければ、買う」と言われます。しかしじつは、そうではないのです。

商品の値段はまったく別のロジックで決まっていたのです。

じつは値段はこうして決まっていた

『資本論』には、いくつか重要な理論があります。そのひとつがこれです。

1.商品には、「価値」と「使用価値」がある
2.需要と供給のバランスがとれている場合、商品の値段は、「価値」通りに決まる

これだけではさっぱり意味がわかりませんので、順番に紐解いていきます。

マルクスは、取引をするものは「すべて"商品"である」としました。みなさんが今朝食べたパンも、会社で購入したパソコンも、時間つぶしに入ったスターバックスのコーヒーもすべて「商品」です。

一方で、「商品」にならないモノもあります。道端に落ちている小石は商品にはなりません。山奥のキャンプ場の近くに流れているきれいな小川の水も、商品ではありません。ぼくが描いた絵も商品になりません。

小さい石だから商品にならないのではありません。小さい石でもパワーストーンとして売っていることもありますね。大きさの問題ではありません。水だから商品にならないのではありません。コンビニでは「おいしい水」が売られていますね。また、ぼくが描いた絵は売れなくても、有名画家が描いた絵は商品になります。

つまり、同じ種類のモノでも、商品になったりならなかったりするのです。

この違いは何なのでしょうか? それが「価値」と「使用価値」なのです。「価値」と「使用価値」を持っていれば、そのモノは商品になり、持っていなければ商品にはなりません。では、その「価値」とは? 「使用価値」とは?

まず理解しやすい「使用価値」について説明します。

「使用価値」とは、「使って感じる価値」という意味で、「それを使うメリット」のことです。つまり「使用価値がある」とは、「それを使ったらメリットがある、満足する、有意義である」という意味になります。

例えばパンの使用価値は、「おいしい」「空腹が満たされる」などで、小麦粉で練られて焼いたモノが使用価値を持つのは「人がそれを食べて、空腹が満たされるから」なのです。この「使用価値」は、次に出てくる「価値」とは全然違う意味ですので、注意してください。

次に、「価値」です。この言葉は要注意です。マルクスがいう「価値」は、ふだんぼくらが使う意味ではありません(ぼくらが使う「価値」という言葉は、マルクスがいう「使用価値」のことです)。

『資本論』の中で「価値」という言葉は、「労力の大きさ」という意味で使われています。つまり「価値が大きい=多くの労力がかかっている」ということを言っているのです。「それをつくるのにどれだけ手間がかかったか」を計る尺度なんです。

「価値」の大きさは人がそれを作るのにどれだけ苦労したか(どれだけそれに対して労働したか)によって決まる、つまり「"価値が大きい商品」とは、「この商品は、○○人で○○時間、すごく労力をかけてつくった」ということを言っているのです。

つまり、ある商品の「価値」の大きさは、その商品につぎ込まれた「人間の労働の量」によって決まるんですね。だから1時間でつくったパンより、10時間かけてつくったパンの方が「価値が大きい」ことになります。

プログラマーが3時間かけてつくったスマホのアプリケーションよりも、10時間かけてつくった木彫りの置物の方が「価値が大きい」のです。「置物なんていらない!」と思うかも知れませんが、それは関係がないんです。そのモノが有効かどうかは「使用価値」という言葉で計ります。尺度が別なのです。

単純に、かかった労力に比例して「価値」は大きくなります。それが、マルクスが言っている「価値」です。

繰り返しになりますが、ふだん、ぼくらが使う「カチ」という言葉の意味とは違います。この意味を取り違えてしまうと、『資本論』の内容がまったく理解できなくなりますので、ご注意ください。

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木暮太一の「経済の仕組み」

木暮太一

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コメント

corinyu いちどちゃんとマルクス読むか。っておもった。でもそれ、#モテない https://t.co/C5dFVIOoBV 約4年前 replyretweetfavorite