星新一が示した生の意味と無意味 前編

SF作家であり、「ショートショートの神様」として数多くの読者から支持された星新一。今回のfinalventさんの連載は、そんな国民的作家・星新一を初期作から読み解きます。初回では、星新一が文学界においてどのような評価を受けたのか、同じく人気SF作家・筒井康隆の言葉を元に振り返ります。

ある世代に強い影響を与えた星新一という作家

 星新一の作品は、ある特定の世代の読者に深く結びつけられている。団塊後の世代である。1957年生まれの私を含めて、1970年から1980年代当時の少年・少女がよく読んだものだった。その後もこの世代に強く支持され、彼らの世界観の根幹的イメージ形成に影響を与えた。それは21世紀の渇いた虚無の未来を生きるとき、奇妙でユーモラスな心の支えにもなった。

 この世代が星新一の文学に関わるようになったきっかけは、1968年に小学三年向け国語の教科書に作編が掲載されたことだろう。以降、1970年代には他の教科書にも広がりを見せた。星新一の作品は、教科書で読んだのが最初だったという人が少なくない。

 1957年生まれの私は中学生になった1971年、たまたまNHKラジオで星新一のショートショート「おーい、でてこーい」の朗読を聞いて、その面白さに驚いた。2008年にはNHKの番組「星新一ショートショート」で人形劇風に映像化された他、何度か映像化されいているので知っている人も多いだろう。

 話はある村の台風の後、社に深い穴が見つかったことから始まる。狐の穴かなと思った若者が穴に向かって「おーい、でてこーい」と呼んでみた。なんの反響もないほど深い。そのうち何を入れても吸い込んでしまう穴だということになり、あらゆるゴミが捨てられた。物語は突然エンディングを迎える。ある日、埋めてしまったと思ったものが……。その思いがけない展開はちょうど渇いた笑いを知った少年・少女の心をくすぐる。今回、再読して気がついたが、「原子力発電会社は、争って契約した」とも書かれていて、星新一の未来予知にぞっとした。

 中学生の私はすぐに、この作品が収録されている新潮文庫『ボッコちゃん』を買い求めた。50編のショートショートが収められていて、「おーい、でてこーい」は三作目、表題作「ボッコちゃん」は二作目になっていた。文庫本として出版されてからの日は浅かった。夢中で読んだ。挿絵は、当時読んでいた創元推理文庫『レンズマン』と同じく真鍋博だったことに安心感を覚えた。


『ボッコちゃん』(新潮文庫) 左は発売当時、右は改定後の表紙。イラストはともに真鍋博。

 この時期、1970年代初頭、文庫本がベストセラー書籍の廉価版という位置づけに変わり、講談社など大手出版社が参入してきた。文庫本老舗の新潮社も対抗して一新を図るため、1971年の5月、新ライナップの目玉として『ボッコちゃん』が加えられた。他にも新潮社からは、石川達三『青春の蹉跌』、北杜夫『楡家の人々』、柴田翔『送る言葉』、松本清張『点と線』も文庫となった。

 『ボッコちゃん』の文庫はよく売れた。そこで続編の位置づけで約1年後、同じく新潮文庫から『ようこそ地球さん』が出た。これも面白かったのだが、前作品集とは少し違う印象を受けた。いくつかの作品は軽いショートショートというよりも文学的な重みがあり、なかでも収録されている「処刑」と「殉教」には衝撃を覚えた。振り返ってみると、私の人生観はこの短編によってすっと塗り替えられたように思う。


『ようこそ地球さん』(新潮文庫)

 二作品集の差はどうしたことなのか。理由は、『ようこそ地球さん』の「あとがき」に示されている。もともとこの作品集は『ボッコちゃん』の続編ではなかった。『ボッコちゃん』は文庫本によって初めて星新一の作品に触れる読者を対象に、ショートショートの代表作を集めるという主旨があった。対して『ようこそ地球さん』は、彼がその当時、ショートショートとしての代表作から意図的に除いた作品群を収めているが、初期作品の全体がわかるようとの願いで編まれたものだ。ここには星新一の事実上の処女作「セキストラ」など、彼の初期作品の中心的な作品がある。後の「ショートショート1001作を達成した星新一」というイメージに限定されない独自の感触がある。安部公房の作品に近い印象も得られる。

文学として評価されなかった星の作品
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