現実を描くのにフィクションが有効なときもある
柳瀬博一(以下、柳瀬) 『神去なあなあ日常』の「なあなあ」という言葉は、作品のなかでも印象的に使われています。これはモデルとなった三重県の林業地域に、実際に存在する方言なんですか?
三浦しをん(以下、三浦) いや、私がつくりました。神去弁は、三重弁をもとにした部分もありますが、基本的にはうそっこ方言です。書き始める前に、神去村およびそこに生きている人たちを象徴する言葉がほしいと思って、「ゆっくりいこう」みたいな意味の言葉を考えました。それが「なあなあ」です。
柳瀬 神去村は架空の村なのに、住んでいる人や暮らしの様子はすごくリアルですよね。「神去」シリーズを読んで、小説なのにノンフィクションよりノンフィクションらしい、と思ったくらいです。
三浦 え、そうですか?(笑)
柳瀬 田舎暮らしをルポするようなノンフィクションって、都会に住む人の目線で書かれるから、どうしても表面をなぞっただけで終わってしまうことが多いんですよね。田舎って素晴らしい、とか田舎って限界集落化して大変だ、とか。だいたいワンテーマで切り取るから、ほかの視点が抜けてしまう。でも神去シリーズは、実際に木を育て、木を切って、木を売って田舎で暮らしを営んでいる人たちのディテールが伝わってくる。小説なのに、なまじのノンフィクションよりはるかにノンフィクションだなと。
三浦 「スローライフ最高!」みたいなのって、個人的には幻想だと思うんですよね。山奥の村で暮らすって、相当大変なこと。私は祖父母の住む美杉村に遊びに行くだけでしたが、それでも近所づきあいなど、いいところもあるけれど、気を使わなきゃいけないこともたくさんあることはわかりました。スーパーどころかコンビニエンスストアすらないから、ちょっとした買い物ひとつするにも車を出さなきゃいけない。実生活で不便なことも山ほどあります。本当に田舎で暮らすのが素晴らしいことばかりだったら、こんなに各地で過疎が進むことはなかったんじゃないでしょうか。
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