「おお——い! リ——ン!」
そこへ、入れ替わるように、レンがやってきた。超有名人とすれ違ったはずだが、気付かなかったのか、立ち止まった様子はない。
わたしの姿を公園の片隅に見つけると、ホッとしたような、噛みしめるような顔になって、まっすぐ駆けてくる。
「ハァ…こんなところにいたのか…ハァ…」
ずっと走っていたのだろう。息が切れて、額も汗だくだ。
レンは、言葉を探していたようだけど、わたしはそれを待たずに、押し出されるように口を開いていた。
「あのね、レン」
「え……?」
たぶんわたしの表情が、いつもと違っていたんだろう。レンは言葉に詰まったように、小さく驚いていた。
わたしの悩みなんて、ちっぽけだし、この性格も、きっとすぐには変えられない。
(あの人みたいに微笑むことはできないかもしれないけど——)
でも、約束した。がんばる、って。
「わたし、歌うよ。文化祭で」
「え、おまえ……」
「歌いたい歌があるの」
わたしの顔を見て本気だとわかったのか、レンは目を丸くしていた。それから、その目を細めてくしゃっと笑い、「ありがとう」と小さく言った。
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