初めて入った、博多温泉劇場の楽屋。
後に僕たち福岡芸人が寝泊まりする通称3号楽屋の畳の上に、ひとりの女性が座っていた。
この人は誰だろう?
僕の頭に浮かんだクエスチョンの真横を通って、何の躊躇もなく吉田さんが声をかける。
「なんや、早かったな」
「あ、おはようございます!」
「おはよう。どないしてん?」
「私だけ新幹線で来たんです。途中であの人の車が潰れたんで」
「えーっ! 潰れたんか!?」
「途中でめっちゃ、煙出たんですよ。ボンネットから!」
「相変わらず、お前らついてないなあ」
「ホンマですよ!」
吉田さんとの会話を聞く限り、どうやら顔見知りのようだった。
僕たちより少しだけ年上に見える、なかなかの美人……かどうかは微妙かもしれないが、間違いなく男好きするタイプの可愛らしい女性。
この人から発せられる関西弁は、やけに楽屋の畳とマッチしていて妙に艶めかしく、僕はちょっとだけドキドキしながらふたりのやりとりを目で追いかけた。
「えーっと………この子たちは……」
「あ、こいつらは福岡の芸人やで」
「え? この前いましたっけ?」
「あれから増えたんや」
「ホンマですか~」
こちらに向き直した吉田さんが、無言で僕たちに自己紹介をうながす。
「おはようございます! 華丸です!」
「おはようございます! 大吉です!」
覚え立ての業界用語。
挨拶は24時間「おはようございます」という決まりを駆使しての自己紹介。
他のメンバーは買い出しに行ってからの合流だったので、総勢2名の先発隊は僕らしかいなかった。
「おはよう。はなまるくんと……だいきちくん?」
「そう、俺が名付けたんや」
「また吉田さんが決めはったんですか?」
「ええ名前やろ?」
「ター坊ケン坊とかコンバットとか……福岡どないなってますの?」
「オモロイやんか!」
「アハハ……むちゃくちゃですやん!」
その女性が屈託なく笑ったので、吉田さんもご満悦だった。
僕たちも自然と笑みがこぼれたが、どうやら関西人にとっても華丸大吉という名前は変なんだという反応は、やっぱり少しだけショックだった。
「紹介するわ、ミキや」
「あ、はじめまして、新喜劇のミキです。よろしくね」
「よろしくお願いします!」
「なあ、お前たちミキっていくつに見える?」
急に始まった年齢当てクイズ。
スナックなら適当に聞き流すところだが、僕は興味津々だった。
このミキさんって、ホントにいくつなんだろう?
「若く見えるかもしれんけど、だいぶ先輩やで」
「そこまで先輩じゃないですって!」
「だってこいつら、NSCなら9期生やで」
吉本が運営する芸人養成所、通称NSC。
現在は大阪と東京、そして沖縄にあるのだが、当時は大阪にだけあった。
そして当時の慣習では、僕たちのような1990年に吉本の門を叩いた者は全員が、NSC9期生と同等のキャリアスタートという認識だったのだ。
「ミキはNSCの1期生やからな」
「ええ~っ!!」
僕は思わず声をあげて驚いた。
横でサロンも、いや華丸も、普段から大きな目を更に大きく見開いて驚いている。
それはミキさんが若く見えすぎたということと、NSC1期生というダブルの衝撃からだった。
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