ソートク度100%! 『女系の総督』の良き読者の一日

有楽町の三省堂書店は、世にも不思議な謎に満ちている。そこに迷い込んだお客は、いつの間にか本を手に取りレジに並んでしまうという――。カリスマPOP職人であり、人気書店のTwitterの中の人として知られる書店員・新井見枝香さんの愛と妄想が炸裂した書評をお届けします。
今回は家族、仕事、恋、健康……人生のすべてが詰まった、直木賞作家・藤田 宜永の集大成! 女性に囲まれ生きる一家の主のお話『女系の総督』についてです。

女系の総督
『女系の総督』藤田 宜永

あらすじ:森川家には、母から子供たち、二匹の猫まで女だらけ。十数年前に妻を亡くした一家の主・崇徳(むねのり)にとって、女は知れば知るほど理解できない摩訶不思議な生き物だった—女系の家に生まれた男の処世術とはいかに。

「うぉっ……、すまん!」

 バタンッ!!

 寝る前に、妻が切ってくれたスイカを食べたせいか、明け方にトイレへ行きたくなり、朦朧としたままトイレのドアを開けたら、パンツを下ろした娘がいた。

 最悪である。

 私は断じて、何も見ていない。パンツを下ろしているとは言ったが、それは状況的にそうであろうという想像でしかない。

 ほら、まだ目が半分も開いていないし、メガネも枕元に置いてきたままだ。しかし、壊れるような勢いでドアを閉じた娘には、何を言っても逆効果だろうと思えた。

 私はその場にしばらく佇み、「おかえり」と小さく声を掛けてから、寝室に戻った。

 トイレの波は、すっかり消え去っていた。

 長女は以前、書店で働いていたが、中途で出版社の営業職に受かり、寝る間も惜しんで働いていた。月に何度も出張があり、付き合いの飲み会で午前様になることも多い。

 早寝早起きの私は、なかなか彼女の顔を見ることがでいないでいた。

 正直言って、すごく心配である。大丈夫か、無理するな、と声を掛けてやりたい。 だが、トイレを覗いてしまった後では、それもできない。

 数時間まどろみ、いつものアラームで目を覚ますと、膀胱が破裂しそうになっていた。しかしトイレは使用中。次女が入っているようだ。

 食卓に着くと、奇妙な色のドロドロをたっぷりと注いだ赤いボウルを、妻がドンと置いた。

「何だこれ」

 これはどう見ても、餃子やハンバーグのたねを作るときに使う容器だ。スプーンを添えて食卓に置くものではなかろう。

「アサイーボウルよ」

「いやいや、これ全然浅くないだろう。むしろフカイーボウルだ、ハハッ」

「寒っ。朝からさがるわー」

 トイレから出てきた大学生の次女が、冷ややかに言って通り過ぎた。

 家族にも、会社の女子にも、笑ってもらえたことなど一度もないのに、また親父ギャグを言ってしまった。しかしあれは、げっぷや屁と一緒で、年とともに出やすくなるものなのだ。

「ブー」

 私にだけ懐かない飼い猫(雌)が、食卓で屁をこいた。こいつももう、年である。

「おや、今流行りのアサイーじゃないかい。ポリフェノールたっぷりで、老化防止だね~」

 同居している母親が、80代の寝起きとは思えぬ軽やかな動きで、食卓に着く。歯も毛もしっかり生え揃っているし、意外ともち肌だし、骨密度も問題ない。

 しかし、きっと30分後には、志村けんのコントのように、「飯はまだかい~」と言い出すだろう。彼女は最近、まだらボケの気があった。腹が減ったらアサイーを食ってくれ、アサイーを。

「いただきます」

 アサイーはブルーベリーみたいな色なのに、思ったよりも眠たい味だった。バナナやグラノーラと混ぜ合わせて食べるが、これでは塩気がまったくない。デザートだ。

「いってきます」

 職場がある有楽町駅前の吉野家で、朝定食を食った。

「おはようございます、いらっしゃいませ」

 三省堂書店有楽町店は、開店からしばらくの間、従業員が各入り口に立って、客を出迎てくれる。

 私はそれが大好きで、必ず出勤前には、用がなくても立ち寄ってしまう。子供のころ、母親と開店前からデパートの入口に並んだときのワクワクを思い出すからだ。

 しかし、出勤前なのでゆっくりはできない。朝は今日発売の雑誌と、常に入れ替わる新刊台をザッと見るだけにしている。

「お、藤田宜永の新刊だ。女系か……」

 我が家も女系だ。子供は娘が2人、誰も妻には逆らえず、母親もぼけ始めてはいるが、気は強い。男は必ず早死にする、際立って女系の家系なのだ。

『女系の総督』という小説の表紙で、女難の相を浮かべる男に強いシンパシーを感じ、つい手に取る。

「あなたのソートク度は?」という診断チャートが挟まっていた。

 手書きだから、この店のオリジナルフリーペーパーなのだろう。

<全ての質問にYESと答えたあなたは、ソートク度100%! この本はあなたのためにあると言っても過言ではないでしょう>

 ふうん、どれどれ。

<なぜか娘に嫌われることばかりしてしまう>「YES」

<妻に本当は朝ごはんは和食がいいと言えない>「YES」

<未だに母親には逆らえない> 「YES」

<家族に言えない秘密がある>「……」

「SAY、YES~♪」

 うわぁ!

 耳元で突然歌われて、ひっくり返りそうになった。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes・note会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

この連載について

初回を読む
なぜ有楽町の三省堂書店は手ぶらで帰してくれないのか

新井見枝香

有楽町の三省堂書店は、世にも不思議な謎に満ちている。そこに迷い込んだお客は、いつの間にか本を手に取りレジに並んでしまうという――。カリスマPOP職人であり、人気書店のTwitterの中の人として知られる書店員・新井見枝香さんの愛と妄想...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

yrakch_sanseido 藤田宜永さん『女系の総督』が死ぬほど読みたくなるよ→ https://t.co/AjQDBrEmSF 4年弱前 replyretweetfavorite

yrakch_sanseido 藤田宜永さんの「女系の総督」が死ぬほど読みたくなる!?→“@cakes_PR: ” 4年弱前 replyretweetfavorite

shibata_book 今回も何度も吹きました。すごいよ、新井さん! 4年弱前 replyretweetfavorite