22歳の地図—旅(ビータ)は鈍行列車で行こう 後編

タモリの足跡を戦後史とともにたどる連載、「22歳の地図」後編は早稲田大学モダンジャズ研究会に所属していたころのお話です。「お前のトランペットは笑っている」と言われて演奏家を諦め、ライブの司会者になったタモリ。そこには、現在のタモリを彷彿とさせる、40年前から変わらない飄々としたタモリの姿がありました。

終戦直後に生まれ古希を迎えた稀代の司会者の半生と、 敗戦から70年が経過した日本。
双方を重ね合わせることで、 あらためて戦後ニッポンの歩みを 検証・考察した、新感覚現代史!
まったくあたらしいタモリ本! タモリとは「日本の戦後」そのものだった!

タモリと戦後ニッポン(講談社現代新書)

「司会者・タモリ」誕生

ジャズマンのあいだでは、ジャズを「ズージャ」、モダンジャズを「ダンモ」、ピアノを「ヤノピ」などという具合に、言葉を引っ繰り返して呼ぶ慣習がある。タモリという芸名も、本名の森田を引っ繰り返してつけられたということはつとに知られるところだ。タモリ命名は意外と早く、早稲田大学のモダンジャズ研究会、通称・ダンモ研に在籍していた時代だった。

タモリは高校時代にリー・モーガンやマイルス・デイヴィスといったジャズ・トランペット奏者に憧れていた。あまりの心酔ぶりに、所属したブラスバンド部では、顧問の教師にごまをすって楽器をトランペットに替えてもらうほどだった。将来もジャズ・ミュージシャンになるつもりでいたが、大学生になりダンモ研に入ってすぐ断念したという。先輩・同級生のなかにはのちに渡辺貞夫のバンドに入る増尾好秋(ギタリスト)や鈴木良雄(ベーシスト)など、自分よりずっと上手い連中がいたからだ。

トランペットはダンモ研に入っても1年ぐらい続けていたものの、結局レギュラーにはなれなかった。先輩から「マイルス・デイヴィスのトランペットは泣いているが、おまえのは笑っている」と言われてあきらめた、という話はよく知られるところだ。結局タモリは、司会、さらにはマネージャーを兼務することになる。その手腕は主に、全国各地を演奏でまわる旅、「ビータ」で発揮された。

早稲田大学には卒業生の団体として「稲門とうもん会」という組織が、地域や職域、サークルなどさまざまな区分で全国に多数存在する。演奏旅行というのは、それら稲門会に呼ばれて各地をまわるものであった。

司会はコンサートをうまく進行するため重要な役割だ。1960年に発足したダンモ研には、研究にいそしむ「鑑賞部」の部員と、楽器を演奏する部員とがおり、司会は前者から出すことが慣例になっていた。ところがなかなか適任者がいない。そこで、演奏する側の部員だったタモリにお鉢がまわってくる。

司会者としてのタモリのデビューは、早稲田大学の大隈講堂でのコンサートだったらしい。ダンモ研の1年先輩で、在学中よりジャズ評論家として活動していた岡崎正通は、タモリが初めて司会をするのを見て、格段に目立った特徴があったわけではないが、これまでの司会者とは違い「何だか面白かった」ことが記憶にあるという(片田直久『タモリ伝』)。

タモリの司会はしだいに評判をとるようになった。メンバー紹介のときなど、まず「いつもは学年順に先輩からやるのが普通ですが、きょうは顔のいい順に紹介します」と言っておき、メンバーがステージに出てきたところで、「まずは最初。司会の私」とやったりすると、結構ウケたという。バカバカしい話やモノマネをしているうちに、司会のパートが演奏より長くなることもしばしで、バンドのメンバーからは「俺たちはおまえのしゃべりの合間に演奏してるんじゃないんだから」と言われるほどだった。

列車内で中国人になりすます

演奏旅行は夏に2カ月、春に1カ月という長丁場で、年間を通じて約300ステージをこなした。移動はもっぱら夜行の鈍行列車。旅行中は列車のなかで寝起きする日々が続く。鈍行には寝台がないので、網棚の上で何度寝たかわからないという(『ザ・ヒーローズⅡ』)。車中で洗濯をして、荷台から荷台にロープを吊るして干すこともよくあった。見かねた車掌から、「通路のとこだけは空けてください。パンツが乗客の顔にあたりますから」と注意されたりもしたとか。注意するの、そこじゃないだろ。

列車内では、ほかの乗客にいたずらを仕掛けることもあった。タモリは仲間に「じゃ、やってくるな」と言って、一人で車両の端のボックスシートに移動し、誰かが来るまで待っている。そのうち向かいの席に2人くらい座るが、しばらくはじっとしていて、そのあといきなり「ウーチャ、シーチェンターパイヤア」とデタラメな中国語でしゃべりだす。そのときの相手の反応を楽しむのだ。

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この連載がついに書籍化!「森田一義」はいかにして「タモリ」になったのか。関係者への追加取材や大幅加筆でその足跡をさらに浮き彫りにします!

この連載について

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タモリの地図—森田一義と歩く戦後史

近藤正高

2014年3月31日、『笑っていいとも!』が32年間の歴史に幕を下ろしました。約32年間、毎日テレビに出続け今や国民的タレントになったタモリ。そんな「昼の顔」だけでなく、アングラ芸で身を起こし、深夜番組『タモリ倶楽部』で披露する「夜の...もっと読む

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コメント

matomotei 2件のコメント http://t.co/ZnDHh2fO7E 4年弱前 replyretweetfavorite

matomotei 2件のコメント http://t.co/ZnDHh2fO7E 4年弱前 replyretweetfavorite

yomoyomo "車中で洗濯をして、荷台から荷台にロープを吊るして干すこともよくあった。見かねた車掌から、「通路のとこだけは空けてください。パンツが乗客の顔にあたりますから」と注意されたりもしたとか。注意するの、そこじゃないだろ。" https://t.co/PjbBYVm1U7 4年弱前 replyretweetfavorite

donkou ケイクスのタモリ連載、更新されております。早大モダンジャズ研時代の演奏旅行中のエピソードあれこれ。 4年弱前 replyretweetfavorite