猪瀬直樹×加藤貞顕・対談余録

本気」が変えるコンテンツの未来—猪瀬直樹×加藤貞顕・対談余録

先日、東京都副知事で作家の猪瀬直樹さんの連載『日本を変える次世代の旗手たち』(月刊『潮』2012年12月号)で、猪瀬さんとcakes(ケイクス)編集長の加藤貞顕が対談を行いました。テーマは「出版業界の未来について」。作家として高名な副知事と、新しい出版の試みをしている加藤との対談は、興味深い話が次々と飛び出し充実したものになりました。ここでは、誌面に収まりきれなかったものの、眠らせてしまうにはあまりにもったいないお話を一部掲載します。ぜひ誌面と合わせてご一読ください。

副知事が執筆に使っているのは?

猪瀬直樹(以下、猪瀬) この連載ではまだ出版の人とは対談していなかったんです。ようやく出版業界の人と話ができた。

加藤貞顕(以下、加藤) そうなんですね。お声がけいただいてありがとうございます。

猪瀬 僕は加藤さんほどデジタルに詳しくはないけど、作家としてはかなり早い段階でワープロを導入したんだよね。物書きで一番早く取り入れたのが山根一眞*1で、僕はその半年遅れくらいだったかな。フロッピーで入稿をしたのは、たぶん僕が日本でいちばん早かったくらいだと思う。


加藤 何を書かれていたころですか?

猪瀬 『ミカドの肖像』(1986年・小学館文庫)だね。あれは全部フロッピーで入稿したの。

加藤 おお、そんなに早くから!

加藤 OASYSは「親指シフト入力」ができましたよね。

猪瀬 そうそう。ローマ字でもタイピングできるけど、やっぱりこれが一番早いんだよ。

加藤 親指シフトは専用のキーボードが必要ですが、故障したりした時にメーカーのサポートは受けられるんですか?

猪瀬 さすがにもう生産はしていないみたいだけど、富士通がサポートだけはしてくれてるんだよ。

加藤 なるほど。愛用者が多いんですね。

『ミカドの肖像』が変えた週刊誌のレイアウト

猪瀬 それで本題に入るけど、加藤さんがこの事業を始めたきっかけはなんだったんですか?

加藤 やはり『もしも高校野球のマネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』の編集を担当したことが大きいです。あの本では、つくるときにもいろいろ工夫をしているんですが、マーケティングでもかなりいろんなことを試しています。結果的に大ヒットしたんですが、本の売り方も変えていく必要があるなと実感するきっかけになりました。

猪瀬 編集者も売るための努力をしないとね。僕は83年に『天皇の影法師』(中公文庫)と『昭和16年夏の敗戦』(中公文庫)でデビューしたんだけど、当時はなかなか売れなかった。その時に思ったのが、「編集者って営業してくれないのか」ってこと。
 その反省があったから、『ミカドの肖像』(小学館文庫)の連載が始まるときは、レイアウトからイラストまで、全部自分で決めたんですよ。

加藤 それはすごい。そこまでする著者はなかなかいませんよ。

猪瀬 イラストは、たまたま「an・an」(マガジンハウス)に載っていた小さい挿絵をみつけて、クレジットに載っていた京都のイラストレーターの女の子に連絡したの。大阪芸大を出たばかりの、ほとんど素人みたいな子だったんだけど、直接会って口説いたんです。それから、レイアウトは注目され始めた頃の菊地信義さんに頼み込んで、今までの雑誌とはまったく違うものを作ってもらった。なんとかして「新しいものが始まったぞ」というところを見せたかった。実際、あの連載が始まってから、週刊誌のレイアウトが変わり始めましたから。

加藤 それは贅沢ですねえ。デザインって、本当に大事だと思います。

猪瀬 でも、加藤さんは『もしドラ』がヒットしたのに、なんで紙ではなくてデジタルで事業を始めたの?

加藤 『もしドラ』は電子書籍版も作ったんですが、デジタルになると、マーケティングのやり方はさらに変わるなと思いました。モノがないから、いままでのやり方が通用しない。それで、このまま紙の本をデジタルに変換して電子書籍をつくっていくだけだと、出版業界はまずいことになるんじゃないかと危機感を抱くようになったんです。

猪瀬 市場予測だけ見ても、紙媒体の市場の減少を、電子書籍では埋められないようですね。

加藤 そうなんです。だから紙と電子書籍だけに頼るのではなく、ウェブという新しい「出口」が必要なんじゃないかと考えました。今のウェブ媒体は、無料で広告収入を得るビジネスモデルが主流です。そうではなく、ウェブ上でもきちんとお金が回る仕組みを作りたい。ウェブ上に一流の作家さんが書いた一流のコンテンツが載せられるようなサービスを作れれば、有料でも成り立つはずだと思ったんです。

ケイクスはなぜ「プラットフォーム」なのか?

猪瀬 最近、東京都職員を対象に調査をしたら、一ヶ月に1冊も本を読んでいない人が5割もいました。新聞を取っていない人も5割。読まないのは、ほとんどが20代という調査結果でした。彼らは加藤さんが作ったコンテンツを読んでくれるのかな。

加藤 いまはみんな、電車の中でスマートフォンをいじっていますよね。彼らは、スマホでSNSやブログなどを見ているわけですが、よく考えると「活字離れ」をしているわけではないんですよね。むしろ今は、歴史上最も活字が読まれている時代かもしれない。問題は、出版社の持っているコンテンツが、彼らが「読んでいる場所」に提供されていないことなのではないかと思っているんですよ。

猪瀬 なるほど、たしかにそうだな。ただ、ネットのユーザーは有料課金に抵抗感があるんじゃないかと思うんだけど。

加藤 たしかに「ネットは無料」という感覚は、根強いですね。ただ最近は、スマートフォンだけでなく、活字を読むのに便利なタブレットも急速に普及してきています。日本でもAmazonのKindleがスタートしたりと、コンテンツにお金を払う下地もできてきました。一昔前は、ネットで物を買うことに抵抗感がありましたが、今ではネット通販が当たり前になりました。同じように、コンテンツにお金を払うことが当たり前の世の中にしたいと思っています。

猪瀬 確かに最近は、有料のメルマガを始める人も増えているね。津田大介さんをはじめ、成功しているメルマガも少なくない。

加藤 猪瀬さんもメルマガを配信されていますよね。

猪瀬 僕のは無料だけど、有料のメルマガは運営も大変そうだよね。それだけの質を保たなければいけないし、毎週メルマガを発行するためにフル操業しなきゃいけない。僕が今の仕事のまま有料メルマガを始めたら、忙しくて持たないと思うよ。

加藤 有料メルマガは、専門の編集スタッフが付いている場合が多いですね。こんなふうに、ビジネスとして成り立たすことができる人は、日本に100人くらいじゃないかと思います。

猪瀬 だから加藤さんは、個人でやる場所ではなく、プラットフォームを作ったわけだ。プラットフォームというのは、つまり雑誌をネット上でやるということ?

加藤 見た目は雑誌に近いです。津田さんをはじめ、様々な著者さんから原稿をいただいて掲載しています。ただ、普通の雑誌と違うのは、いろんな出版社の雑誌のコンテンツも掲載していることです。だからケイクスは、ウェブ雑誌ではなく、様々なコンテンツが掲載できるプラットフォームなんです。

猪瀬 なるほど。だから津田さんや茂木健一郎さんのような個人の書き手だけでなく、「週刊アスキー」や「週刊ダイヤモンド」もあるわけか。

加藤 雑誌だけでなく、すでに出た本の中身も連載の形で掲載しています。これからも増やしていく予定なのですが、様々なメディアの、あたらしい売り場やマーケティングの場所として広めていくつもりです。

「思い込む」ことから生まれる説得力

猪瀬 デジタルになると売り方も変わってくるんですか?

加藤 やっぱり変わりますね。本もそうですが、単なる宣伝とかは効きにくくなってきます。そこでケイクスでは、著者が自分でSNSなどで記事を紹介して、登録者が増えるとインセンティブがもらえる仕組みをつくりました。もちろん我々も独自の宣伝活動を行いますが、クリエイターのみなさんがご自身で宣伝しやすいように工夫しています。

猪瀬 ああ、それは大事なことかもしれない。今でこそTwitterなんてものがあるけれど、僕がデビューした頃は著者からの伝達手段なんてまったくなかった。実際、『天皇の影法師』はTwitterで話題が広まって、30年経った今になって売れているんですよ。貧乏だったのはその当時なんだから、今売れたってしょうがないのに。

加藤 石破茂さんが、国会で、この本を引き合いにして首相に質問したことがありました。

猪瀬 30年前に書いた本です。あのころ『昭和16年夏の敗戦』は連載だったからすぐに原稿料がもらえたんだけど、同時に書いていた『天皇の影法師』は書き下ろしだったから、発売するまでお金が入ってこなかった。月の半分は連載の原稿料で食べていけるんだけど、残りの半分はお金が入ってこないからとても生活が持たなかった。

加藤 猪瀬さんにもそんな時代があったんですか。

猪瀬 あったよ。国民金融公庫にお金を借りに行ったこともあるんだよ。

加藤 えっ、本を書くためにですか?

猪瀬 国民金融公庫の窓口に行って「本を書くからその間の生活費としてお金を貸してほしい」って説明したんだけど、なかなか理解されなかった(笑)。「絶対ベストセラーになるから。売れたら返すよ」なんて言っても、まあ普通は貸してくれないよね。

加藤 たしかに難しいかもしれませんが、借金しても本を書くってすごいと思います。

猪瀬 でも、ひとりだけ理解してくれた人がいたんだよ。僕より少し年下の真面目そうな青年がね、わかってくれた。懸命に説得したら、資料を片っ端から調べてくれて、過去に映画製作のために500万借りてちゃんと完済した例を見つけてきてくれた。それで、「前例があるなら上を説得できます。猪瀬さん、貸せますよ!」って言ってくれたんだよ。

加藤 それはすごい! 本当に、「売れる」と思い込むのって大事ですよね。

猪瀬 そう、それだけで説得力が出るんだよ。これは余談だけど、僕が50歳過ぎたくらいのころ、長野県伊那市で講演をやったらその担当だった彼が、挨拶に来てくれたの。彼は伊那で支店長になっていてね。それから時々年賀状なんかのやり取りをするようになって、ついこないだ定年退職の挨拶の手紙も送ってきてくれたんだ。

加藤 必死にやっていると、それだけでまわりが共感してくれることがあるんですね。30年という時を超えてお付き合いがあるというのは、それだけ猪瀬さんが本気だったということなのかもしれないですね。

猪瀬 そうかもしれない。結局その二冊はそんなにたくさんは売れなかったけれど、ちゃんとお金は返せたし、その経験があったからベストセラーになった『ミカドの肖像』も生まれた。だから「売れる」とか「やれる」ということを本気で思い込むのは、とても大事なことだったと思いますね。

加藤 お話、とても参考になりました!

猪瀬 いえいえ。ケイクスの今後をとても楽しみにしています。それと、是非ケイクスで僕も書かせてもらいたいですね。

加藤 もちろん、大歓迎です。ぜひよろしくお願いします!

月刊『潮』2012年12月号掲載の対談より余録を掲載)


*1 ジャーナリスト。1947年生まれ。デジタル製品に詳しいことで知られる。
*2 1980年に富士通から発売されたワープロ。「親指シフト」という、日本語入力に特化されたキーボードを採用し、その入力速度の速さから現在でもファンが多い。

 

 

 

 

ケイクス

この連載について

猪瀬直樹×加藤貞顕・対談余録

猪瀬直樹 /cakes編集部

先日、東京都副知事で作家の猪瀬直樹さんの連載『日本を変える次世代の旗手たち』(月刊『潮』2012年12月号)で、猪瀬さんとcakes(ケイクス)編集長の加藤貞顕が対談を行いました。テーマは「出版業界の未来について」。作家として高名な副...もっと読む

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