—— 前回、「福島第一原発観光地化計画」はイメージ戦略をよしとしない日本人に受け入れられづらいという話がありました。そういった状況は、変えられると思いますか?
東浩紀(以下、東) 日本人全体を変えるのは難しいと思いますが、局所的に状況を変えて、少しずついいアイデアを広めていく、ということはできると思います。
—— この計画について批判されたときは、どう対応されているんですか?
東 そうですねえ……。こういった新しい提言をしてみて、最近あらためて気づいたことがあるんですよ。それは、世の中にはやる気のある人間とない人間がいる、ということです。
—— やる気、ですか。
東 それはもう小学生くらいのころから、気質で決まっているものかもしれませんね。なにかトラブルが起きたときに、やる気のあるやつは「がんばろうよ、なんとかなるって」と言う。一方、やる気のないやつは「まあいいや、もういいじゃん」と諦める。基本的にこれまでの世の中は、この「なんとかなるって」側が発言権を持っていたんです。
東 やる気がないと、そもそも文章を書いたり、演説したりして、自分の考えを世に知らしめようとしないでしょう。そういうのって疲れるし。ところが、インターネットというのは、今まで潜んでいたやる気のない人に、すごい勢いで意見発表の機会を与えてしまったんですよ。ぼくもそういう気質があるから一方的に批判するわけじゃないですが……。でもこれは大変なことです。
—— なるほど。
東 今そういう人はソーシャルメディアにネガティブな発言を書き込むくらいですが、これが投票行為などにまで発展したらどうなるか。投票って基本的にある程度やる気のある人しか行かないわけです。面倒くさいから、やる気のない人は家で寝っ転がっている。でも、そういう人も、ネットを使ってみんな自宅から投票できるようになるとする。
—— ケータイからポチッと。
東 そうです。家でダラーッとしてたら、ケータイか何かに「今日は投票日です」みたいな通知が来て、「とりあえず投票すっか。よくわかんないけど、こいつでいいや」とクリックしたら投票できる。いまは投票率アップが正義みたいに言われているけど、じつはこれはおそろしいことですよ。
—— 写真だけで選んで、イケメンすぎる◯◯、美人すぎる◯◯がたくさん当選しそうですね(笑)。
東 実際そうなるでしょう。あとは、20人とか30人とか候補が出てくると、選ぶのがめんどくさいから、「いいね!」数などのランキングの上位にいる人を選ぶようになる。ネットの情報は基本ランキングに左右されてますからね。ハードルを下げて、気軽にみんなを政治参加させるということがいかに危険か、ということを最近は考えるようになりました。
—— なるほど。
東 多くの人たちは大きな変化を好みません。「面倒くさいことを言わないで」と思っています。
—— 今のままでいいじゃん、と。
東 そうです。やる気のない人たちの意見を増幅してしまったのが、いまのネット社会です。そしてもっと踏み込んで言えば、この先ネットはどんどん貧しい人のものになる。
—— ネットが貧しい人のもの、ですか!?
東 いまでもそうですよ。ネットでバズる商品って、本だったら千円以下、服だったらユニクロくらいの価格のものじゃないかな。食べ物はコンビニスイーツみたいなもの。
—— あー、たしかにそうかもしれません。
東 たとえば、Amazonでポチッと車が買えますか?
—— いやあ……、ちょっとためらいますね。
東 何百万もするものを買う時って、店に足を運んだり、店員と話したり、それなりの手続きみたいなものが人間の心には必要です。人はそういうとき、ものを買うという「体験」にお金を払っているんです。他方でネットはそういう「体験」をどんどん排除していく。そこでできるのは、同列のものを並べて、比較して、高いか安いか決めることでしかない。大量生産、大量消費を効率よくするメディアですよね。
—— 高級店にはなり得ないと。
東 そうですね。ウェブこそ、ニッチな人たちに向けて、高品質なものを効率良く届けることができるメディアだという期待もあったんですけどね。そこから新しいクリエイターが生まれると。でも現実はネットは量販店でしかないんじゃないかな。少なくとも日本では、量販店やコンビニで売れるものがネットで売れるものだと思う。
—— なるほど……。
東 別の言い方をすると、ネットってすごく人を冷めさせるメディアなんですよね。
—— 冷めさせる。
東 人が高い服を買う時って、店員さんに「お似合いですよ」とかってちやほやされて、褒められて、舞い上がってるから、買っちゃうんです。冷静に比較検討して、原価を考えたら、絶対に買いませんよね(笑)。
—— ブランド品はまさにそうですね。
東 どうやって人を「ほわん」という気にさせるのか。それが店員さんの言葉だったり、店構えだったり、ブランドのもつイメージだったりするわけです。その「ほわん」の虚飾を剥ぎ取ることに特化しているのがネットです。コンピュータのモニターを前にして、クリックして比較検討できるメディアで贅沢なんかできませんよ。
—— たしかに。
東 それはそれで正義にかなってはいるんですよ。平等で、フラット。みんながアクセスできて、価格競争にさらされている。でもそこに文化は育たないような気がする。……とかいうと文化の定義にもよると言われそうですが、とにかくあるタイプの文化は育たない。だから、長期的にはネットに載らない情報が増えてきて、価格帯によって住み分けがなされると思います。今だって、本当に大事なことは、みんなネットに書かないものです。友達から秘密を打ち明けられて、それツイッターに書かないでしょう。
—— 書きませんね(笑)。
東 人間は、そういう使い分けができる。だから、ネットには載っていないけれど、いいお店、いい商品というものが増えてくると思います。まあ、ネットが普及する前と同じような状況が戻ってくるってことですね。
さらなるインタビューが、dmenuの『IMAZINE』でつづいています。
「世の中は、これからそんなに変わらない。」東浩紀
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執筆:崎谷実穂、撮影:森川陽介
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