なんでもないエピソードで血を通わせていく

巧みな構成で人間模様を丹念に書き綴り、高い人気を誇る小説家・窪美澄さん。女性の性や出産といったテーマをてらいなく健やかに、そしておもしろく描くには、どんな想いと経験が下地になっているのでしょうか。2回目は、架空の登場人物を育てて、血を通わせる方法について。

物語を絶対に終わらせることだけ

— 最新作『よるのふくらみ』は、『ふがいない僕は空をみた』と同じく連作短編でした。章ごとに語り部が変わりながらも、見事にお話がつながっていく様はとても読み応えがありました。

窪美澄(以下、窪) ありがとうございます。

— 読みながら、この後はどうなるんだろうってハラハラしたんですけど……。

 作者もです(笑)。

— え。

 その都度、書きながら考えてます。

— あれだけしっかりと話がまとまっているのに、きちんとプロットをたてて書いているわけではないんですか?

 2話目、3話目と書いている時に、最終話がああなるなんて思ってもないんですよ。週刊誌連載とかでも、どこにいくんだ?ってゴロゴロゴロゴロと転がっていく感じなので。

— でもその転がっていく中でどうやって物語の行き先を決めるんですか?

 絶対に終わらせるっていうことだけですよね、物語を。それしかないので。この物語を終わらせますっていう気持ちでいると、終わるので。もちろん、ぼんやりとはあるんですよ。こんな感じで終わらせようみたいなのが。けれど具体的なことは結構直前まで書きながらも変わっていきます。

— 以前に登場した意外な人物が、再び登場しつつも、物語が収まるところにきちんと収まっていくのは、計算しつくされているからなのかと思いました。

 それはねえ、すごく計算ずくだと思われてますけれど(笑)。そんな余裕はないんですよねえ。

なんでもないようなエピソードがその人の陰影をつくる

— 登場人物はどのように描かれるんですか?

 書いていくうちに、その人たちに「血が通う」ってあるんですよ。すごくいい人のつもりで書き始めても、こんなダメなところもあるんだとか。その人がどういう家庭で育ったとか、何を食べているのかとかを書いていくのが楽しいんですよね。そうやって、どんどんその人物が泥から立ち上がって人形になるみたいな作業なんですよね。

— はい。

 よく作家さんがほら、勝手に登場人物が動いてとか言うじゃないですか……わたしの場合、わりと細かいエピソードを肉付けしていく作業がそれにあたるのかな、と。その人たちに血を通わせるために、いっぱい団子をちぎっては投げて、栄養を与えて育てている感じですかね。

— たしかに、作中で昔の恋人とのエピソードとかが出てくるたびに、その人物の陰影が浮かび上がってくるような感じがしました。

 たぶん、実際の人間もそうなんですよ。その人のことを知っていくときって細かなエピソードがやけに印象に残るっていうことはありますよね。それもなにかわかりやすい本筋のエピソードじゃなくて、飼っている犬の話とか、なんでもない話だけど覚えていることってありませんか?

— あのときお茶倒したな、とかそういうどうでもいいことですかね。

 そうそう (笑)。そういうふとしたエピソードがその人の陰影を作ることがありますよね。そして、それを思い出して、切なくなったりするでしょ人間って。そういう意味のない記憶が、その人を生かしていると思うときがあるので、そういうのをいっぱい書くんです。

— そのことにはいつ気づいたんですか?

 私自信の実感でもありますが、……例えば、雑誌のライターの仕事って、企画の枠の中に、ギュッと記事を詰め込んで、いらないところをザクっと切っちゃうわけです。それで「たまごクラブ」の電話取材とかで妊婦さんの話を聞くんですね。

— どうしたら安心して赤ちゃんが産めるの、といった企画でしょうか。

 そう。それで企画の趣旨には関係なくても、たとえば、うちの旦那さんのこういうところがダメなんですとか、そういう本音が一番おもしろいんですよね。で、その人を知ろうとしたら、切り捨てた方に本質がある、その人がいるって思うときがあって。それを書けるのが小説だよねって思う瞬間があったんですよ。

— そのエピソードを聞くと、その人のことがわかるみたいな。

 わかる、というよりはなんて言うのかなあ。その人の奥行きがバンっと出る、という感じじゃないですかねえ。

— 男性視点で、セックスシーンを描くところも多くありますが、ここらへんも人から話を聞いたりしたんですか。

 いや、「どうですか?」って聞いてまわってるわけではないですよ(笑)。たとえばセックスで実際のところ男性がどんなふうに感じているかは、考えようもないじゃないですか。でも、やっぱり考えるんですよ。どういう風な感じなのかを一生懸命考えてるんですよ。

— 血が通うというか、まさに血のにじむような想像が……。

 妄想ですよ、妄想(笑)。仮に実際のエピソードを聞いたとしても、そのまま小説にはたぶん使えないと思うんですよね。

— それがこれほど多くの人に共感を得られているっていうことは、すごいことですよね。

 妄想力ですね。

— た、大変ですか?

 楽なわけないじゃないですか(笑)。大変ですよ!

さらなるインタビューが、dmenuの『IMAZINE』でつづいています。
「小説を書き始めた人の大きな責任」窪美澄
ぜひこちらからお楽しみください。


執筆:中島洋一、撮影:中島大輔


ままならない心と身体を描く、窪美澄さんの小説世界をぜひお手にとってご覧ください。


よるのふくらみ
よるのふくらみ(新潮社)

ふがいない僕は空を見た (新潮文庫)
ふがいない僕は空を見た (新潮文庫)

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この連載について

初回を読む
イマ輝いているひと、窪美澄「想像する人物に血肉が通うとき」

窪美澄

巧みな構成で人間模様を丹念に書き綴り、デビュー作『ふがいない僕は空を見た』から最新6作目『よるのふくらみ』まで高い人気を誇る小説家・窪美澄さん。女性の性や出産といったテーマをてらいなく健やかに、そしておもしろく描くには、どんな想いと経...もっと読む

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コメント

gagaga5557 https://t.co/oAA8WEErWv 8ヶ月前 replyretweetfavorite

nkg_13 窪美澄さんのインタビュー第2回が更新!どうでもいい話をなぜかよく覚えていることについて。人間理解にも通じる記憶のお話です。 約4年前 replyretweetfavorite

manaview ふとした、どうでもいいエピソードが人の陰影を作るってのはそうなんだろうなあ。 約4年前 replyretweetfavorite