カイジ「勝つべくして勝つ!」働き方の話 【第12回】「目立つ」だけでは一流にはなれない

大人気マンガ『カイジ』をもとに、お金の知識を解説した『カイジ「命より重い!」お金の話』の続編となる『カイジ「勝つべくして勝つ!」働き方の話』を上梓した木暮太一さん。この連載では、逆境に立ち向かい、挑戦し、生き抜いていくカイジに生き様にスポットをあて、強く生きるためのヒントを紹介していきます。

漫画『賭博黙示録 カイジ』とは?

自堕落な日々を過ごす主人公、伊藤開司(いとう・かいじ)。そのカイジが多額の借金を抱えたことをきっかけに「帝愛グループ」をはじめとする黒幕との戦いに挑んでいく大人気漫画。命がけのギャンブルを通じて、勝負師としての才能を発揮するカイジだが、その運命は果たして・・・。

(作者:福本伸行講談社『週刊ヤングマガジン』で1996年11月号~1999年36号まで連載された作品)

先々週くらいのことですが、大阪市にあるテーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」で、ボートをわざと転覆させたり、アトラクションを止めるなど、度重なる迷惑行為を行ったとして、神戸大学の大学生が入園禁止になったというニュースが流れていました。

学生が自分で迷惑行為の模様をツイッターに投稿していたことから事件が発覚しました。件の学生は、このような迷惑行為の動機として「人と違うことをやって目立ちたかった」と語ったそうです。

人間に「承認欲求」というものがあることは、経済学の分野でもアダム・スミスの時代から言われていたことでした。しかもスミスは、この欲求が人間の最大の欲求であると言っています。学生の迷惑行為も、この承認欲求の表れだと考えれば合点はゆきます。まったく賛同はできませんが。

ぼくは、承認欲求自体は、社会の発展に必要なものだと思っています。承認欲求があるからこそ、人は「頑張って結果を出そう」とか「新しい商品を作ろう」と考え、行動を起こし、経済を発展させてきました。

でも、人間はつねに、より簡単に「承認される(ように見える)」方法を見つけようとします。ネットが力を持つようになってからは、そこで「目立つ」ことで承認欲求を満たそうとする人が増えてきました。

「炎上してなんぼ」という風潮があります。炎上させようという魂胆が丸見えの記事を、名のあるメディアが流していたりして、あまりのくだらなさに暗い気持ちになることもあります。

しかし、目立つことと承認されることは違います。そこを混同している人が、あまりに多いような気がします。

本当の承認は、自分の能力や価値を高めた先にしかありません。その証拠にブログが炎上したって、3日もすれば世間は忘れます。この大学生が承認を求めたツイッターのタイムラインも同じです。数日後、いや、数時間後には、世間は彼らのことなんてすっかり忘れていたでしょう。

自分を高め、本当の意味で世の中から承認されなければ、人は承認欲求に縛られ、無用な代償を払いつづけることになります。

一流は世間の声に右往左往しない

世の中から承認される、一流の人がいます。では、その人はなぜ一流と認識されるのか? 一番大きな要素は、「自己認識の基準」です。これこそが、一流と二流・三流を分けている、隠れた、しかし決定的な要素なのです。

一流には、能力と、相応の成果がもちろん必要です。成果を出せて初めて一流と認められる前提条件をクリアします。しかし、逆に、成果さえ出せば一流と認めてもらえるかというとそうではありません。

一流とそれ以下を分けるのは、最終的には"成果のレベル"ではないのです。言い方を変えると、優れた成果を出せるからと言って、それが即"一流の証拠"になるわけではないのです。一流が一流たるゆえんは、別のところにあります。

一流と二流・三流を分けるのもの、それは自己評価、自己認識の基準です。

2000年のシドニーオリンピックで男子柔道100キロ超級の決勝戦で起こった事件を覚えていらっしゃる方も多いと思います。

日本代表の篠原選手が相手を"内股すかし"で投げ、一本勝ち・・・のはずでした。ところが、審判はこともあろうに、相手に"有効"のポイントを出したのでした。結果として、この試合で篠原選手は負け、銀メダルに終わりました。

この時の相手選手は、"内股すかし"で背中から畳に倒れました。本人は、自分が負けたことを完全に自覚しているはずです。ところが試合後の写真を見ると、この選手は両手を高らかに挙げて「勝利」を喜んでいました。

スポーツの世界では審判の判定が絶対です。そういう意味では、この選手はたしかに試合に勝ちました。では、この選手は「一流」と認められるでしょうか?

おそらく、そうは認められません。

世間の声が基準をつくる

まず認識しなければいけないのは、「自己認識の基準」は、自分の考えで決めてはいけないということです。自己認識の基準とは、要するに「ここまでやったら自分で合格点を出せる」「これだけやったから、自分を褒めてあげられる」という境目です。その、「ここまで」「これだけ」を自分で決めてはいけないのです。

自分でその基準を決めてしまったら、それこそ単なる自己満足です。自分で合格ラインの基準を設けるのではありません。世間に決めてもらうのです。

「こんなにがんばってるのに、全然報われない! こんな社会はうんざり!」と愚痴をいう人に限って、「それしかやっていないの!?」というくらい頑張っていないことがあります。

先日もテレビで「就職難に苦しむ若者」を取材していました。彼は悲壮感を全面に打ち出して「もう20社くらい受けているんです。こんなに頑張っているのに、全然決まらない。これ以上何をやったらいいか・・・」と語っていました。

若者はたしかに頑張っているのだと思いますが、それは自分の中の基準で頑張っているのです。50社、100社受けて内定を取った人もいるでしょう。そういう人にとっては、彼の言い分は、「20社しか受けてないの?」と思えます。

自分としては一生懸命やっていることでも、世間から見たら、「不十分」「間違っている」ということがよくあります。自己基準は自分で決めてはいけません。そうではなく、世間を眺めて、世間の声を聞くのです。

そうすることで「世の中では、これくらいが"当たり前"なんだな」と理解できます。それがひとまずの合格ラインになるわけです。

何が正しくて、何が間違っているか、どれだけやれば「がんばっている」といえるのか。それらの基準を自分で決めてはいけません。それを決めるのは、あくまでも他人・世間なのです。

「"自己"基準」とはいっても、それは世間に決めてもらわないといけません。なんとも逆説的なものですが、これが正しい自己基準を作るためには必要な姿勢なのです。

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