それでも僕は夢を見る』の夢を見る—薄気味悪い書店員のオススメ

有楽町の三省堂書店は、世にも不思議な謎に満ちている。そこに迷い込んだお客は、いつの間にか本を手に取りレジに並んでしまうという――。カリスマPOP職人であり、人気書店のTwitterの中の人として知られる書店員・新井見枝香さんの愛と妄想が炸裂した書評をお届けします。
今回は『それでも僕は夢を見る』。200万部超えのベストセラー『夢をかなえるゾウ』の水野敬也と動画サイトで300万回以上の再生数を誇ったパラパラ漫画「振り子」やNHK朝ドラ「あまちゃん」のアニメーションの作者・鉄拳がタッグを組んだ渾身の一冊です。

それでも僕は夢を見る
『それでも僕は夢を見る』水野敬也 (著)、 鉄拳 (イラスト)

あらすじ:いつまでも「夢」を追うのが辛くなった僕が、年老いてひとり病室で横たわるようになったとき、捨てたはずの「夢」が戻ってきた。「夢」に励まされ、主人公が最期に書き上げた一通の手紙とは?

 彼のことが好きだと公言してしまった。大好きな黒ビールと熱燗で、だいぶ酔っていたのだ。

 勤務先の書店の代表として、出席したとある文学賞受賞パーティーの二次会でのことだった。

 泥酔したメンバーは大いに盛り上がり、その場にいた彼をひやかす。彼の上司が「仲人をやってやる」と言い出したので、私は「お願い申し上げます」と三つ指をついて、笑いをとった。

 あの場の誰も、それが本気だとは思っていないだろう。余興だ、私の告白なんて。

 それ以来、顔を合わせていない。

 焼酎のロックを静かにおかわりしていた彼が、あの二次会の記憶をすっぽり失っていればいいのに、と思う。


〈9日の午後って空いてる?〉

 Wi-Fiに繋がったiPadが、彼のフェイスブックのアイコンと、メッセージの冒頭を勝手に表示させる。瞬時にスケジュール帳を開いた。

 9日の火曜日はシフト通り休みで、何も用は入っていない。彼はもしかしたら、私の公休日を覚えていて、誘ってくれたのかもしれない。

 書店員は普通の会社勤めのように、土日祝日固定で休み、ということはほとんどない。出版社の人は、知り合うとまず公休日を訊ね、それを手帳にメモする。

 私は書店で働く文芸書担当で、彼は大手出版社で文芸書を作る編集者だった。

 彼が担当する作家の書店回りの際に何度か顔を合わせ、ゲラを読んだ感想をメールで送ったり、飲み会で顔を合わせたりするうちに、砕けた口調でやり取りするようになった。

 彼の作る本は、どれもこれも私の好みにぴったりで、それは顔や性格よりも、重要なことだった。好きな本を作ってくれる彼が好きになる。当然の流れだ。

 デートなんて何年ぶりだろう。

 誕生日もクリスマスも仕事だった。公休日は、溜まった疲労を回復させるのと、積み上がったゲラを消化することで終わってしまう。出勤日は完全に燃え尽きるまで働くから、あとは帰って眠るだけ。

 それでも仕事が好きだった。やればやっただけの成果がある。業界全体が厳しい今こそ、がんばりどきだ。恋愛などにうつつを抜かしているときじゃない。そう思っていた。

 だけど……休日に彼と会うことは、仕事の一環と言えなくもないのではないか。

 喫茶店でパンケーキを食べながら、彼は私に、今作っている本の話をするだろう。書店員に作品の魅力をアピールする、貴重なチャンスだ。そして私は、パンケーキを食べながら彼の話を聞き、甘いフカフカと彼の瞳の輝きに、うっとりとするのだ。

 そのあとふたりは、焼きとんをつまみにビールを飲み、本の販促方法について真剣に語り合うだろう。お疲れ様、がんばろうね、と肩を並べて店を出るだろう。

 これなら、給料は出なくても、仕事の範疇だ。

 でも、駅までの帰り道、好きな本の話で盛り上がって、彼に今から本棚を見にこないかと誘われたらどうだろう。もうそれは仕事とは言えない。だけど私は、それを断らない。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes・note会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

この連載について

初回を読む
なぜ有楽町の三省堂書店は手ぶらで帰してくれないのか

新井見枝香

有楽町の三省堂書店は、世にも不思議な謎に満ちている。そこに迷い込んだお客は、いつの間にか本を手に取りレジに並んでしまうという――。カリスマPOP職人であり、人気書店のTwitterの中の人として知られる書店員・新井見枝香さんの愛と妄想...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

fasteverything_ 水野敬也さん新刊「それでも僕は夢を見る」が死ぬほど読みたくなる妄想書評を、泣きながら書きました→@cakes_PR: 2年以上前 replyretweetfavorite

fasteverything_ 水野敬也さん新刊「それでも僕は夢を見る」が死ぬほど読みたくなる妄想書評を、泣きながら書きました→@cakes_PR: 2年以上前 replyretweetfavorite

fasteverything_ 水野敬也さん新刊「それでも僕は夢を見る」が死ぬほど読みたくなる妄想書評を、泣きながら書きました→@cakes_PR: 2年以上前 replyretweetfavorite

fasteverything_ 水野敬也さん新刊「それでも僕は夢を見る」が死ぬほど読みたくなる妄想書評を、泣きながら書きました→@cakes_PR: 3年弱前 replyretweetfavorite