スティーヴィー・レイ・ヴォーン「最悪だったブルース・ナイト」#3

“青春の終わり”と“人生の始まり”を象徴する「ミュージシャンたちの27歳」に迫るコラム。今回取り上げるのはスティーヴィー・レイ・ヴォーン。独特のギターサウンドで80年代のブルースに圧倒的な影響を与え、2000年にブルース、2014年にミュージシャンの殿堂入りするなど、その存在は死後20年以上経っても評価され続けています。そんな彼は、27歳の「最悪な一夜」が人生の転機となりました。

1982年7月17日。

毎年恒例のモントルー・ジャズ・フェスティバルが、スイスのレマン湖畔の町で行われていた。

その日のブルース・ナイトでは、27歳のスティーヴィー・レイ・ヴォーン率いるダブル・トラブルのステージが始まろうとしていた。

当時すでにこの3人組は、テキサスを中心とするアメリカ南部のブルース・サーキットでは誰もが認める存在となっていた。

レコード契約はまだなかったものの、ローリング・ストーンズのパーティに呼ばれて演奏したり、クラッシュの前座としてステージに立ったりと、いつその存在にスポットライトが当てられても不思議ではない状況。

彼らにとってその夜は、世界へ向けての華々しい出発点になるはずだった。

ブルース・スタンダードの「Hide Away」で幕開けるステージ。

くわえ煙草の堂々とした佇まいで、ブルースに身を捧げたとしか言い様のない凄まじいプレイを繰り広げるスティーヴィーのギター。

「Pride and Joy」や「Texas Flood」と圧巻の演奏は続く…しかし、客席の反応は鈍い。

曲を追うごとに大きくなるブーイング。

彼らがまだ無名だから? 余りにも自信に溢れているから?

この夜のアクトは座って演奏する静かなアコースティックが中心だったこともあった。

だが怯むことなく途中退場はせず、彼らはテキサスにいるかの如く自分たちの演奏を貫き通した。

そして多くの保守的なブルース・ファンたちから浴びせられる激しいブーイングの中、怒りと悲しみの狭間でスティーヴィーはステージを降りた。

この時、彼はメンバーに「傷ついたな。いい演奏なのに」と零したという。

最悪な夜だったが、一方で実りもあった。

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ミュージシャンたちの27歳—青春と人生のクロスロード

TAP the POP編集部

伝説になるためには27歳で死ぬのが条件!? 27歳で他界したミュージシャンたちは「27クラブ」と呼ばれ、音楽界では伝説となっています。その伝説に苦しめられる若いミュージシャンたちが大勢いる一方、27歳が転機となった人もいれば、全盛期を...もっと読む

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コメント

arihisa_aqoj 素晴らしい記事なんだけど正直、月500円で自分は迷ってしまうあたり、課金ポイントの難しさがわかる。【 3年以上前 replyretweetfavorite

yavyrock 諦めない事だ。スポットライトの向こうに、まだ見ぬ自分が居る。 https://t.co/MR6eoy3Lj3 4年弱前 replyretweetfavorite

TAPthePOP 【cakesにて連載中】ミュージシャンたちの27歳──青春と人生のクロスロード  80年代のブルースに影響を与えたギタリスト。世界的評価を受けるきっかけとなった一夜の物語。 4年弱前 replyretweetfavorite