大好きな「ロッキング・オン」に中指を突き立てたワケ
山崎 そろそろ、樋口さんの投稿話をしましょうよ。「ロッキング・オン」と「ロッキング・オン・ジャパン」には両方とも読者の投稿するページがあるんですが。樋口さんはそこに投稿してくれて。「あ、この人、文章が結構うまいな」って思ったんですよね。あれって、大学生ぐらいですか?
樋口 投稿したレビューを3回ほど載せてもらったことがありましたね。初めて載せてもらったのは、22歳ぐらいのときですね。
山崎 20年前だ。
樋口 わーコワっ! 20年前だ。でも、載せてもらった文章は、全然うまくないですよ。僕のタイトルは「ロッキング・オンなんて棄てろ」でしたし。ヤケっぱちで書いて送った原稿ですからね。
「ROCKIN’ ON JAPAN」94年11月vol.90より(資料提供:樋口毅宏)
山崎 そうそう。そのタイトルを見たとき「おもしろいな」って思ったんですよ。文章もちゃんと書けてるし、「いいな」と思って載っけたんですよ。
樋口 言い訳に聞こえるかもしれなけど、なんでそんなことを書いたかと説明すると、レディオヘッドのトム・ヨークと同じなんですよ。トム・ヨークが「ロックなんてクソだ」っていうのは、「ロックは凄い」っていうのをわかっているし、期待しているから。その大前提があるからこそ言っているわけです。僕も同じ。圧倒的に認めざるを得ないほど、僕は「ロッキング・オン」によって人格形成をされてきた。だけどそこに対して、「ノー」を突きつけたかった。自分にとって「ロッキング・オン」の存在が大きいとわかっているからこそ。
山崎 実はあれは自分にとってもなかなかいい体験だったんですよね。
樋口 なんでですか?
山崎 ひとつの雑誌の編集長が「自分が作っている雑誌を棄てろ」と読者が書いてきた原稿を雑誌に載っけるっていう行為自体が、すごくおもしろいことだなと思って。「これはまさしくロック雑誌っぽいな」って。自分が書いているコラムにも、「樋口毅宏っていう青年からの投稿で、『ロッキング・オンなんか棄てろ』っていう原稿を載せたぜ」っていうのをちゃんとその時に書いてるんですよね。
樋口 覚えています。それをまた当時イエローモンキーの吉井さんに向けて書いたでしょう。そういえば、覚えてます? その原稿を掲載してもらった直後に、僕が山崎さんに会いにいったの。
山崎 うん。覚えてない。
樋口 当時の山崎さんは高円寺のすごく小さい箱で、土曜日の夜にDJやっていて、挨拶しに行ったんですよ。「雑誌に載せてもらった者です」とか言って。
山崎 はいはい。
樋口 そしたら山崎さんに「あぁ、君かー。あんな原稿を書くから、もっと怖いヤツかと思っていたよ」って言われて。
山崎 そんなこと言ったんだ。
樋口 また僕がそのとき、面倒くさいことを言ったんですよね。山崎さんに会うなり、「なんでスチャダラパーの『ワイルド・ファンシー・アライアンス』が2ページなんですか」とか。すると山崎さんが「そういうこともあります」って、すーっと離れていったのを覚えてます。
山崎 そうだったかも(笑)。いや、あのね、こういう場だったらいくらでもそういう質問にも答えるんだけど、その時僕がいたのはふつうの土曜日のクラブのパーティーだったから(笑)。「パーティーの最中にちょっときついなぁー、その話」って思って。
樋口 本当ですよね。キモ読者ですよ、まさに。でも、その後も載せてもらいました。電気グルーヴのテキストとかだったかな。
「ROCKIN’ON JAPAN」1995年2月vol.93より(資料提供:樋口毅宏)
山崎 そうそう。何回か投稿してくれましたよね。
「ROCKIN’ON JAPAN」1995年1月vol.92より(資料提供:樋口毅宏)
頭のおかしい奴らが、頭のおかしいことをやってこうなった
山崎 そういうのを考えてみると、ものすごくおもしろいというか不思議な展開ですよね。でもね……、「この作品に触れてなかったら今の自分はない」とか「この人のおかげで」みたいな話って、全然おもしろくないんですよ。
樋口 え! そうですか?
山崎 トーク番組とかでありがちな話で、あんまりおもしろくない。それよりも、俺がこの一連の話でおもしろいなって思うのは、「最初から樋口は、樋口だった」ってことですよ。
樋口 え? え?
山崎 つまり、昔から「ロッキング・オン」に投稿してて、そこで原稿が載ってましたってことがすごいわけじゃないんです。樋口さんは昔から自分が愛読している雑誌を「棄てろ」という原稿を書いてしまう人だったわけですよ。しかも、その原稿を自分が愛読している雑誌に送るっていう。まさに「そこに樋口がいた」って感じじゃないですか。
樋口 そうですね、なるほど。
山崎 しかも自分が編集長をしてる雑誌を「棄てろ」って言っている原稿を、「これはおもしろれぇ」といって載せている俺がそこにいたわけですよ。それがおもしろいんじゃないですかね。違いますかね? これは、さっきみたいに「○○さんのおかげで」っていう、あったかいものじゃない気がする。たまたま頭のおかしい奴らがいて、頭のおかしいことをやって、こういう結果になったんですよね。
樋口 三つ子の魂百までも、ですね。
山崎 その頭のおかしい人と出来事を通じて、いまはこんなことになってるっていうところがおもしろいんじゃないかな。
他の書き手に勝てるのは「誰かが好き」という圧倒的熱量だけ
山崎 樋口さんってこれだけ「中指立てる」っていうスピリットが小説、作品、トークからもにじみ出ているんですけど。最近の文学界や今の文学に対してはどう思ってるんですか?
樋口 なぜ、そんな敵を増やすネタをパスするんですかねぇ(笑)。これは細野晴臣さんが昔言っていたことなんですが、アーティストって「俺は神様」ってアゲアゲになったかと思いきや、「俺は虫けらだ」と絶望する。「俺様はこの世の創造主」と思ったら、「生きていても仕方がない」と落ち込む。こういう感情の上げ下げの繰り返しだと。
山崎 うんうん。
樋口 小説家も同じじゃないですかね。僕も「やったー! 俺ってすげえー!」っていう気持ちのときと、「全然ダメだ。お話にならない」っていう気持ちの繰り返しです。なかなか中間のときがない。自分の気持ちが下がっているときは、「この程度の才能で、よく9冊も本を出せたよなあ」と。
山崎 ほかの小説家に対してはどう思いますか?
樋口 あのね、他の人のことは言えないですよ。だってみんな僕より頭がいいし、学歴があるし、文章力があるし、構成力がある。テーマがあって、奥行きもあって、いつも「敵わないな」って思っています。こんな天才たちの群れの中で、自分がどうやって居場所を作れるかっていったら、唯一の武器が「熱量」だけなんですよね。「誰かのことが好きー!」っていう気持ちだけなんですよね。僕は、根っからのファン体質だから。
山崎 「誰か好きー!」っていう熱量なんだ。「こいつ死ね!」っていう熱量ではないんですね。
樋口 「好きー!」の方が強いですね。『二十五の瞳』は木下惠介の『二十四の瞳』への愛だし。『タモリ論』はやっぱりタモリさんへの愛だし。
山崎 なるほど。
樋口 『民宿雪国』は田宮虎彦だし。昔の作家とか埋もれている名作を「再評価させたい」っていう気持ちが常にあるんです。だから『さらば雑司ヶ谷』のなかでオザケンに関するエピソードを入れたのも、あの頃、彼は本当に何もやってない頃だったから。どうやったら「小沢健二は凄かったんだよ」、「タモリが凄いんだよ」ということを、1人でも多くの人に伝えるためにはどうしたらいいのか。そういうことを考えて。
山崎 そういうリスペクトなんですよね。
樋口 どこかの音楽雑誌とかブログとかに書くよりも、まるでタランティーノの『レザボア・ドッグス』でマドンナの「ライク・ア・ヴァージン」が出てくるみたいな感じで、1冊の本のなかにまったく関係ない感じで話を引用するとどうかなあ、と思って書いた。わりと効果的だったなと自分では思っています。
山崎 なるほどね。本当に思い入れというか愛情っていうか。そこから生まれるパワーで書いているんですよね。
樋口 ホントそうですよ。
ひとつの美しいものを描くため、ほかのものを壊す
山崎 でもね、読み手として、樋口さんの多くの小説を読んでいると「自分が好きなものに対する愛情」っていうのがベースにあるんだろうなっていうのはすごくよくわかる。でも、展開する物語、あるいは言葉の使い方には明らかに破壊的な部分があるじゃないですか。
樋口 ああ、そうですか。
山崎 自分の好きなものをすごく盲信するがあまり、「それ以外のものは全部クソだ」「全部ぶっ壊れてしまえ」みたいなものを感じますね。
樋口 酷い人間ですね(笑)。
山崎 言葉を武器のように使うタイプだと思います。だって美しいものを美しく、美しいトーンで描いた小説なんて……。『二十五の瞳』はかろうじてそうかもしれないけど。たいがいの樋口さんの作品は、美しいもの一つを描くために、周りをぶっ壊して歩くって感じですよ。それは、自分で自覚していますか?
樋口 うーん……僕の本ではなくて、GREAT3だったり、園子温の映画もそうですけど、「もっともっと売れていいモノが売れてない」っていうことに対する怒りの方が強いですね。自分が好きなモノって自分自身を投影しているし、自分を託しているものがあるから。「みんな、ちゃんと見てないの? 読んでいないの? 聴いていないの?」っていう怒りのほうが圧倒的に大きいですね。……山崎さんの質問に答えていないか。
「本当に美しいもの」は、実は破壊的である
山崎 そういうところが樋口さんの好きなところなんですよね。信じられるところっていうか。たとえば、坂本龍一さんは誰もが認める素晴らしいアーティストだと思うんです。多分あの人の頭の中にはすごく美しい音が鳴ってると思うんですよね。で、美しい音楽を実際作るじゃないですか。
樋口 うん。
山崎 あの人において、俺がすっごい好きなエピソードがあって。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。