第2章「誰が本気で、誰が本気じゃないのか」vol.2

manaveeを立ち上げる決意をしてから早一年。やっと見つかった仲間との出会いも、定まりきらない将来について迷っているうちに、結局は振り出しに戻ってしまうのでした……。
無料の授業動画サイト「manavee(マナビー)」を立ち上げた花房孟胤さんが、その設立、運営、そして現在に至るまでの紆余曲折を赤裸々に語ります。たった一人で教育を変えようと思い立った男の泥臭い奮闘記をお届けします。

■ポータルサイトを目指すべき?

 次の日、渋谷のビッグカメラで店員から音声機材についてレクチャーを受けた後、猪倉君と待ち合わせた下北沢に向かった。指定の喫茶店に入ると、猪倉くんがタバコをふかしながら待っている。相変わらずの威圧的な佇まいが目に入り、胃にかすかな痛みが走る。

 前置きも何もなく、彼はいきなり本題に入った。

 「今のmanaveeは、まだYOUTUBEリンクの寄せ集めにすぎないわけで、サイトとしての価値はない」

 彼の要点は、maanveeは参考書や入試情報なども充実させて、受験総合ポータルサイトを目指すべきだ、ということだった。

 「確かに動画だけ載せていてもダメだと思うし、何かしていく必要はあると思う」

 僕は半分賛成で、半分反対だった。

 「でも、役に立つからといって受験についての情報を何でも載せるっていうのはなんだか違う気がする」

 ひと通りディスカッションした後は、彼は意識してさっぱりしたような物言いで、「ま、頑張れや」と言い放って去っていった。

 猪倉君とは、manaveeについての議論以外ではほとんど話したことはなかった。だから、彼について個人的なことはあまり知らない。けれど、いろいろ文句を言いながらも撮影には参加してくれたし、思ったことはアドバイスとして僕に伝えてくれるのだった。

 この頃の僕たちはいつも、何時間も議論を重ねても堂々巡りで、どの指摘に対しても明快な解決策を見つけられなかった。そんな日々が続き、徒労感に足を引きずりながら家に帰った。

 アパートの扉を開けると、ヤニックの馬鹿笑いが聞こえてきた。オーストラリアに住む親友とのビデオ電話をしているようだ。彼はスカイプで英語教師をしながらも、「いつか起業するんだ」と言って、彼は世界中に散らばる仲間たちとよくネット会議をしていた。八方塞がりで悲劇のヒーロー気取りだった僕は、いつでもポジティブに笑うことができるヤニックにイライラした。28歳にもなって「夢の中でお告げがあった」という理由だけでほとんど何も知らないまま日本に来て、パートタイムでとりあえず生計を立てながら無計画に毎日を過ごしている。余計なお世話だけれど、何で不安にならないんだよ、と他人事ながら腹が立ってくる。

 それでも彼は、今日もFacebookで見つけたお気に入りのビデオを友達とシェアして、冗談を言いながら何やら笑い転げている。ドイツ語特有の吃音が耳につく。話し相手がいない時、彼の矛先は僕に向けられる。ヘッドフォンをつけているせいで自分の声がうまく調整できない彼は、必要以上に大きな声で「HAHAHAHA! Hana! Do you wanna watch this video?」と薦めてくる。

 「そんな気分じゃないし、結構です」とも言えないので、よくわからない欧米のユーモラスなビデオを少しだけ見た振りをして、作り笑いをしながら「見たよ」と答える。そこでヤニックはとっておきのジョークを披露する。ああ、それが言いたかったんだね。オーストラリアの親友には大ウケしたのかもしれないけれど、笑いすぎでよく聞き取れないよ。「それは面白いね」と返したが、彼は別に僕の返事には興味がないようだった。

■急ごしらえの泥舟には、誰も一緒に乗ってくれない

 それから2週間の間、僕は人に会うたびに相談をしていた。同じような議論をしても、人によって視点は異なるもので、何かしたら新鮮な知見は得られる。ただ、それらはどれだけ集めてもバラバラで、組み合わせて大きなピースになるようなことはなかった。出口の見つからない議論を繰り返す虚無感と、使いようのない小さなピースを抱えて、僕の頭は、完全に立ち往生していた。

 そんな折、佑馬から再び連絡があった。

 「お金についてどう考えているのか、もう一度聞かせて欲しい。」

 僕たちは、渋谷のエクセルシオールカフェに集まった。僕と、初期メンバーの一人と、それに佑馬の3人だ。

 「マネタイズについて方針を立てないと、はな君の事業は発展しない」

 佑馬は、まず問題意識を3人で共有しようとした。それまでも十分お金について考えていたつもりだったが、収益化の見通しは全く立っていなかった。理想的には寄付で集めるんだと言いながら、では寄付はいくら集まっているのかと聞かれると、実際にはまだ始めてすらいない状況だった。

 ウェブサイトでお金を取る手段は、実はそんなに多くはない。まず最初に話したのは広告モデルについて。けれど、そこに大手予備校の広告が載るとなった場合、それでいいのかと訊かれるとまごついた。

 では、フリーミアムならどうか。これは最初のコンテンツはフリーで載せて、途中から有料に切り替えるというモデルだ。佑馬が提案したのは、基礎の授業を無料で配信して、2次試験対策の授業は有料コンテンツにするフリーミアムモデルだった。無償で公開された基礎の授業で信頼を勝ち取った先生ならば、2次対策については有料にしても生徒は購入してくれるのではないか。その場合、先生がその大学の出身者でなくなってもかまわないか。そうなるとやはりmanaveeの先生は、少数精鋭のプロ集団に育てていくべきだろう。ならば今から大学生ではなく、プロの講師とコンテンツをつくるべきではないか。延々と、閉店まで5時間議論した。何も決まらないまま、その日は終わった。

 数日後、再び同じ3人で集まった。今度は駒場の食堂だ。これからmanaveeはどこへ向かうのか。NPOにするのか、会社にするのか。一旦は、「起業しよう」ということで結論を出した。ただ、佑馬も他のメンバーも、別に一緒になって取締役にまでなる準備はないと言う。じゃあどうして今ここで僕と議論しているんだ。相手のもともとの親切心さえも、憎たらしく思えてきた。気付くと夜7時になっていた。朝一番から開始したその日の話し合いも、結局何も決まらずに解散になった。

 議論に疲れた不機嫌な脳みそを抱えて家に帰ったところで、電話が鳴った。佑馬だ。

 「誰と一緒にやっていくのか決まった?」

 仲間のことについて質問だった。

 「分からない。でも、今のメンバーの中では千佳が一番時間を割いて相談に乗ってくれる」そうか、と佑馬は言った。一呼吸おいて、彼は切り出した。

 「はな君と一緒に本気でやっていきたい」

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予備校なんてぶっ潰そうぜ。

花房孟胤

起業やボランティア活動に興味があったわけはなく、むしろ「まわりは馬鹿な奴ばっかりだ」と見下していたーー そう考えていた一人の東大生が、話題の「教育系NPO代表」になったのはなぜなのか。無料の授業動画サイト「manavee(マナビー)」...もっと読む

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