ママドルが許されなかったあの頃

60年代から70年代にかけてアメリカで盛んになった「ウーマン・リブ」(女性解放運動)。その流れを受けて、日本でも社会学者の上野千鶴子をはじめとしたフェミニスト論者が増えていきました。「セクハラ」「ストーカー」などもこのころから語られるようになりました。ウーマン・リヴの盛り上がりの中で議論された「女らしさ」とは、どのようなものだったのでしょうか。
深澤真紀さんの新刊『日本の女は、100年たっても面白い。』から第1章の内容を特別掲載していきます。

「現代思想ブーム」と「フェミニズム」

ここからは、「女の時代」ブームを支えた「フェミニズム」ブームについて語っていこう。
80年代にフェミニズムがブームだったといっても、若い読者にはピンと来ないかもしれない。

まず、60年代から70年代にかけて、「ウーマンリブ」という女性解放運動が盛んになっていた。そして80年代に、「現代思想ブーム」「ニューアカデミズムブーム」という思想のブームがあり、その流れの一つにフェミニズムもあったのだ。

私は当時文学部で社会学を学んでいたが、「新しい思想」としての「フェミニズム」は学生に人気があり、フェミニズムのゼミも盛んで、各大学で「フェミニズム研究会」が発足していた。

これらには女子学生だけではなく、男子学生も多く参加していた。実際、私が関わっていた早稲田大学のフェミニズム研究会は、男子学生のほうが多いくらいだった。

ちなみにフェミ研と反原発サークル(1986年にチェルノブイリ事故があったことで、反原発運動も盛んだった)を掛け持ちする学生も多かったものだ。

フェミニズムのスター「上野千鶴子」

そんなフェミニズムの大スターが、社会学者の上野千鶴子だった。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes・note会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

この連載について

初回を読む
日本の女は、100年たっても面白い。

深澤真紀

青鞜、モガ、オヤジギャル、だめんず、負け犬、こじらせ女子――ここ100年ほどだけでも、さまざまな名前をつけられてきた女たち。“草食男子”の名付け親・深澤真紀さんが私的に偏愛する「面白い日本の女」を紹介しつつ、女たちがいかに抑圧から解放...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

sokotsunako |日本の女は、100年たっても面白い。 |深澤真紀 @fukasawamaki |cakes(ケイクス) だらだら起きてしまっているけどこれは面白い。 https://t.co/ByucTinnL2 3年以上前 replyretweetfavorite