前編】3年経った今だから見えてきたこと

阪神・淡路大震災で被災し、取材をもとに東日本大震災被災地の小学校を舞台にした小説『そして、星の輝く夜がくる』(講談社)を刊行した作家・真山仁さんと、東日本大震災の被災地で一から高級イチゴビジネスを成功させ、その奮闘を記した著書『99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る』(ダイヤモンド社)を出版した岩佐大輝さん。それぞれ独自の視線で被災地を見つめるお二人は、震災から3年経った今なにを感じ、未来へつないでいこうとしているのでしょうか?

被災地で活動を続ける唯一のコツ

真山仁(以下、真山) 岩佐さんのご著書『99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る』をとても興味深く拝読しました。

岩佐大輝(以下、岩佐) ありがとうございます。

真山 私が岩佐さんに対してまずうかがいたいのは、あの震災の後、ぼろぼろになった故郷を見て、逃げ出したいとは思わなかったのだろうかということです。岩佐さんのような人ってたくさんいるじゃないですか。つまり、東北生まれで東京に出て行って成功を収めた人たち。もちろん、岩佐さんのように社長にまでなった人ばかりではないと思いますけど、多くの方々が、震災が起きた後、一度は故郷に帰ってきていました。

岩佐 そうですね。

真山 でも、現地にとどまって故郷をなんとかしようと思った人は少なかった。岩佐さんも、東京に仕事と生活の基盤があるのだから、宮城県に住む親戚を東京に呼ぶという選択肢もあったと思います。どうして、岩佐さんは踏みとどまれたんでしょうか?

岩佐 僕が故郷の山元町に帰ってはじめに思ったのは、今回の災害は、もはや自分たちで無理に立て直すレベルのものではないのかもしれないということです。一度壊れて、また新しい人たちが集まって街をつくっていく。そういう歴史の大きな潮流に立ち会っているのかもしれないと。

真山 なるほど、最初は積極的に復興に取り組むつもりはなかったと。

岩佐 でもしばらく暮らしていると、まだまだ発掘できるビジネスのポテンシャルが山元町には残されていることがわかってきた。僕はずっと経営者をしてきたので、役に立てることがあるとすれば、会社を興して、雇用して、お金を稼いでいくことだけです。それで故郷に貢献できるなら、残ってみる価値があると思ったんです。

真山 最初から強い決意があったわけではなく、分析すると残るだけのメリットがある、ビジネスチャンスがあると思ったということですね。

岩佐 まさにそうですね。もともとイチゴの産地だった山元町は先端施設園芸で世界的な産地を形成できるポテンシャルがあると思ったんです。経営者として非常に冷静に数字を見極め、儲かるビジネスになり得るか判断しました。

真山 今のお話はすごく腑に落ちました。岩佐さんの行動に感動する人はいっぱいいると思います。でも、それだけの理解で真似しようとすると、絶対に失敗する。「いいことをしたい」という感情だけでは、どこかで無理がくるからです。ビジネスとして成功させるためには、どれだけ投資してリターンを得るかという、経営の目線がとても重要になります。

岩佐 さらに言うと、復興後も根づく産業かどうかも判断のうちでした。たとえば、震災後の東北は復興需要にわき、建物の建て直しのための土木事業者は数が全然足りておらず、僕の所有する施設も、建て増すのに半年も待たなければいけないほどでした。しかし、全国から集まる土木の職人たちは家族を連れてはきていなかった。彼らが地元に根づくことはありません。そうした産業だけに依存することはとても危険だという思いもあったんです。

真山 復興が終わった後も現地に根付いて、雇用を生み出せる産業が必要だと。

岩佐 雇用なくしてはなにも前に進まない、と僕は思っています。今後、町やコミュニティーがどのように発展していくのかを考えた時に、雇用があることが大前提なんです。しかも、東北はもともと過疎が進んでいて、経済も壊滅的だったわけですから、以前のような産地を「復興」させるだけでは駄目。だからITの力を使って農業にイノベーションを起こし、やるからには世界一のイチゴの産地を目指すことにしたんです。

「勘」を形式知化する最先端の農業

岩佐 真山さんは執筆にあたり、どれくらい東北に行かれたんですか?

真山 私は3、4か月に一度は被災地に入り、定点観測を続けています。そこで気づいたのは、すくなくとも私が見ている範囲では、被災地に最初にできた施設がコンビニだったこと。しかし、コンビニが最初にできるというのは本来おかしい。普通は職があって、人が集まって、最後に店ができるという順序のはずです。

岩佐 まったくそのとおりですね。

真山 ところが現地の人には仕事がないまま、作業員やボランティアのために最初に店ができてしまった。外部から来る人は、そこで商品を買うことが支援になると思っていますが、本当の支援は、明日も明後日も、そこで暮らす人が働ける雇用をつくるということです。

岩佐 雇用がなければ、復興しても元の過疎に戻ってしまいます。

真山 これから雇用がどこに生まれるのかわからないことも、被災地で住宅地をつくる場所が決まらない一因です。岩佐さんは一粒1000円のイチゴをつくることに成功しましたよね。さらなる雇用をつくりだすためには、岩佐さんの事業を点から面へと広げていかなければならないと思うのですが、その点についてはどう考えていますか?

岩佐 ご指摘のとおり、これからどんどん広げていって、産地を形成していかなければいけません。でも、だからこそまずはモデルをきちんとつくらなければいけない。しっかり儲かるモデルをつくってから横に展開していかないと、震災前より酷い状態、いわば「大貧農地帯」を生み出すことになりかねません。でも強固な産地をつくることができれば、東北の農業は海外に出て行ってもじゅうぶん戦えるようになると思っています。

真山 しばらく農業にこだわるということですか?

岩佐 はい。

真山 でも、岩佐さんはもともとITという強いジャンルを持っていますよね。

岩佐 もちろん、ITを捨てるわけではないんです。今までの農業は、一口でいうと「勘」が頼りの産業でした。「手がベトついてきたから、ちょっと窓をあけよう」など、60代、70代の熟達した農業者が、長年の経験で培ってきた勘によって栽培を行ってきたわけです。でも、それだと今から若い人が入ってきても再現性がありません。日本の美味しい食べ物は、あと20年も経てば食べられなくなってしまうという危機的な状態なんです。

真山 後継者もいませんし、せっかく培われてきた技術がなくなってしまうと。

岩佐 そうです。しかし、ITの力を使うことで、彼らが培ってきた「勘」を形式知化することができる。それまでぼんやりとして掴み取りにくかった暗黙知を形式知化すれば、そこからさらに改良を加えてステップアップすることもできます。僕の本業のITで、農業を強くすることができるんです。

真山 おもしろいですね。

岩佐 もちろん、事業を行う過程でさまざまなことがありましたし、被災地の復興をずっと見てきた者として思うところもたくさんあります。そんななか、真山さんの小説『そして、星の輝く夜がくる』を読んで驚いたのは、ここで書かれていることは本当に被災地で実際に起こっていることばかりだということでした。

真山 今回は人への取材は少なかったのですが、実際に被災地を訪れ、その場所で感じたこと、見聞したことと、自分が阪神・淡路大震災で被災した体験をもとにして書きました。

岩佐 本当にリアルな情景が浮かんでくるようでした。外から赴任してきた教師の小野寺に調整役の校長、地元でご用聞きをするあんちゃん(中井)、そして統制の取れたエリートのボランティア集団……。僕が思うに、被災地には当初、良くも悪くも「そわそわ感」がありました。新入生を向かえた大学のキャンパスのような、落ち着かない雰囲気です。統制のとれたボランティアはとてもありがたい存在である一方、そうした創発性をうながす「そわそわ感」を失わせることにもなったと思うんです。

真山 当然、ボランティアの存在は重要です。しかし、岩佐さんもご著書で書いているとおり、「援助を待っていないで、自分で立ち上がらなければいけない」という側面もある。このことについて、岩佐さんとじっくり語り合いたいと思っていました。

岩佐 ぜひ、とことん語り合いましょう。

(中編へつづく)


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99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る
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この連載について

被災地に実る絶望の中のチャンス—真山仁×岩佐大輝対談

真山仁 /岩佐大輝

東北を中心に甚大な被害をもたらした東日本大震災の発生から3年。遅々として進まない復興や風化を危惧する声も出てきていますが、そんな被災地に対して特別な思いを抱いている二人がいます。「ハゲタカ」シリーズ著者であり、被災地の小学校を舞台にし...もっと読む

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office_mayama ↑ この2人による対談セミナーが、6/24(火)に仙台で開催されます!http://t.co/lLwkWlL2Su 約4年前 replyretweetfavorite