人と人をつなぐ瓦礫のおうち

岩手県大船渡市越喜来(おきらい)にある不思議な建物「潮目」。廃墟と見間違えてしまいそうなその建物には、独自の復興をしてきた越喜来の人々の想いがつまっていました。ボランティアとして関わり、その変遷を見続けてきた写真家・中村紋子さんにユニークな「潮目」の歴史をうかがいました。

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岩手県越喜来にある不思議な建物「潮目」の写真集をつくりたい!


過去を見つめる子どもたち

— さっそくですが、まず潮目ができるまでのいきさつをお伺いしたいです。

中村紋子(以下、中村) 潮目の原型は、2011年の5月に片山和一良(かたやま・わいちりょう)さんが子どもたちの絵を飾るために作った掲示板でした。


ガソリンスタンドあとにある掲示板

— 片山さんは避難所の頃から考えていたとお聞きしました。

中村 はい。わいちさん(片山さんの愛称)も震災で家が流されて避難所にいたんですが、震災直後から、子どもたちに絵を書いてもらおうと小学校の先生に相談したりしていたそうなんですね。未来の越喜来をどういう街にしたいかっていうのは、大人に聞くよりも子供に聞いたほうがいいって。けど、子どもたちを大人たちの討論会に招くというのも違うな〜ということで、画用紙に絵を描いてもらったんです。その絵を街づくりの参考にしようと。

— なるほど。

中村 けど、子供が書いた絵は津波以前の街の絵だった。わいちさんは、自分はなんて残酷なことをしたんだろうって。自分は馬鹿だった、浅はかでしたって。板に反省文まで書いて貼って。


子どもたちの絵
反省文「展示に至る経緯」

— すごく真っ直ぐな方なんですね。

中村 はい。それで、せっかく思いを込めて描いてくれた子どもたちの絵を、なるべくたくさんの人に見てもらいたいと思って、津波で流されたガソリンスタンド跡を借りて展示させてもらいました。そうしたら予想以上にたくさんの人が見に来てくれて。住民のコミュニティの場が自然とでき上がったんです。

— おお、それは素敵ですね!

中村 けど、もともとそのガソリンスタンドも被災して、屋根なんかいつ崩れてもおかしくなさそうで。それで、スタンドの解体が始まるからとの通知を受けて、展示から1ヶ月ほどで撤去することになったんです。

単純に楽しい、それが1番

— 子どもたちが描いた絵はその後どうなったんでしょうか?

中村 絵は、いろんなところから依頼がきて、他の学校や関西国際空港などに展示されました。その後、絵は子どもたちに返却してしまったので、今度はまっさらになった掲示板に直接絵を描いてもらうことになりました。当時ボランティアで来てた芸大生の人に手伝ってもらって、子どもたちに好きな絵を描きなさいって。


掲示板に直接絵を描く子どもたち

— 前の絵は震災前の越喜来でしたが、今度はなにを描いたんですか?

中村 いやあ、なにも考えてないんじゃないかな(笑)。単純に楽しんで書いてるだけ。絵が完成して、この絵を中心に新しいコミュニティの場「みんなの仲良し広場」という公園を作っていきました。けど、それもみんなが思うほどコンセプトとかないんですよ。ほんとうにノリで全てが動いてて。次なにが欲しい? 公園だっ?って(笑)。

— いいノリですね(笑)。

中村 子どもたちが楽しむための公園は作ったので、じゃあ次は何が欲しい? ゲートボール場だっ!って。ほんとそれだけ。そうやって、子どもたちが遊ぶために公園と老人が楽しむためにゲートボール場の2つを11年の7月、8月と立て続けに作りました。けど、今度はその場所が復興工事のために使用するということで撤去になってしまうんです。


子どもたちが楽しむ公園


お年寄りが楽しむゲートボール場

— そして、次に作ったのが……。

中村 潮目です。次は公民館のようなコミュニティを作りたい、みんながお茶できる場所がいい、ということで家型のものを作りました。

人をつなげる瓦礫の家「潮目」

— 潮目という名前はだれが考えたんですか?

中村 ええと……、わいちさんが震災前に小説を書いていたんです。

— え? 小説ですか?

中村 はい。越喜来を舞台にした何千枚かの。

— え! 大作じゃないですか!

中村 仕事につかれた東京のサラリーマンが越喜来に流れてきて、自殺を考えたりするんです。そこに地元の方たちが、「どうした、そこの若者よ」みたいな感じで海を前に話し合う。そうすると、サラリーマンが「死のうとしてた僕がばかだった」と。

— その話を千枚単位で?(笑)

中村 うん(笑)。そういう、要は越喜来を起点にした越喜来版人間交差点ですよ。越喜来黄昏流星群を書いてたわけです。そのタイトルが「潮目」。

— あぁ、なるほど!

中村 それを書き終わった頃に震災が来て、家ごと全部原稿が流されてしまったんですよ。お話は流されてしまったけど、タイトルはこの建物の名前にしたいって。

— じゃあ「潮目」という名前には人がつながる場所にしたいという願いが込められているんですね。

中村 奇しくもそうなってますね。でも、狙っているのか狙ってないのか……多分狙ってないですね。だいたい思いつきで動いてますから(笑)。今は、津波資料館として、地元が撮った写真を持ち寄って飾ってます。徐々に有名になってきて、外から堤防工事に来た人が工事前に見たりして、ちょっとした研修場みたいになってますね。

— 観光客は来ますか?

中村 震災後にできたものだと思わないようで、震災で流されなかった家と勘違いして近づけなかった、という方の話は幾人かからうかがいました。


潮目

— 分からなくもないですね(笑)。

中村 瓦礫の寄せ集めで作ったものだからね。でも最近は観光の人も増えてるみたい。あと工事の人も相変わらずここに来てお昼ごはんたべたりとかしているそうです。あ、あと片山さんが「漁船拾ってきた」って作った漁船ブランコがあった。


漁船ブランコ

— そんな軽いノリで漁船を(笑)。

中村 あと、潮目の向かいにある越喜来小学校の階段を取ってきたり。

— え? 階段?

中村 その階段は大船渡の市議さんが尽力して設置したものなんです。山沿いに立ってる越喜来小学校はもし津波が来た時に、一度海側に降りてから山の方に逃げなくちゃいけない。それじゃ避難が間に合わないじゃないかって。

市議の「遺言」、非常通路が児童救う 津波被害の小学校

— ああ、読んだことあります。震災の前年に直接山側に出られる非常階段を設置したんですよね。しかも、それを設置した市議の平田さんは震災の9日前に亡くなってしまっていたという。

中村 そうなんです。偉業をなしとげた! という感じです。震災の時に大活躍したもので、このまま解体されちゃうと記録として何も残らなくなっちゃうから取っておいたんです。

— たしかにその通りですが……階段ごとってダイナミックですね。

中村 ちなみに、小学校の校門とかも片山さんがまだがれきがいっぱいのころに取ってきてました。

— そんなことをして大丈夫なんですか?(笑)

中村 地元の人達は「わいちのやることだから〜」って感じなんでいいみたいですよ(笑)。どうせ撤去されちゃうし。わいちさんが取っておいて、新しい小学校ができたら、「俺取って置いてるけど使う?」と提案するつもりみたい。

— それはかっこいい!

中村 そういうわいちさんの人柄があったから、周りの人にいっぱい協力してもらえたんだと思います。

(次回は5月4日掲載予定)


岩手県越喜来にある不思議な建物「潮目」の写真集をつくりたい! 【目標達成&追加の目標】
「潮目」写真集出版にあたって、もともとの目標金額は達成しましたが、新たな目標に向けて5月5日まで支援を募集しております。
ぜひご協力お願いいたします!

この連載について

新しい復興のかたち—被災地で見つけた不思議な建物「潮目」

中村紋子

岩手県越喜来(おきらい)市には不思議な建物があるらしい――。東日本大震災の爪あとを色濃く残したその場所に、子どもと老人をつなげ、外からやって来る人と被災者をつなげる不思議な建物「潮目」はあります。越喜来で建設業を営む片山和一良さんの発...もっと読む

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コメント

ota_pot @suzukimousou ありがとうございます!cakesさんに著者インタビューを掲載していただいているので、もしよければ、読んでみていただけたらうれしいです! https://t.co/2T1EgbfZ0x 4年弱前 replyretweetfavorite

yellowtakayuki https://t.co/cKwooWOqhQ 「潮目」展@B GALLERY 2014年9月17日(水) ~ 9月28日(日) 11:00-20:00 (会期中無休) #BEAMS http://t.co/K8dNxG93pt 4年弱前 replyretweetfavorite

ayaconakamura 本日より新宿Bギャラリー@B_GALLERY_より出版記念展示始まりました! https://t.co/BD6DuD1KJ1 約4年前 replyretweetfavorite

kageyamayuki 『大人が作る秘密基地』で取り上げた岩手県の秘密基地「潮目」の写真集も出版されるようです→ 4年以上前 replyretweetfavorite