林さんがひとり客を断る理由
フェルディナント・ヤマグチ(以下、フェル) それにしても、素敵なお店ですね。
林伸次(以下、林) 今日はわざわざお店まで来ていただき、ありがとうございます。
フェル 実は僕、生まれてから一度もひとりでバーに入ったことがないんですよ。
林 へー、ちょっと意外ですね。ひとりで飲みに行かれることもないんですか?
フェル まったくないですね。林さんのお店は、やはりひとりで来るお客さんが多いんですか?
林 実は事情がありまして、おひとりで来る方はお断りしているんです。
フェル え、それは意外。バーといえば、ひとりでフラっと来るイメージがあったのですが。
林 うーん、おひとりのお客様はいろいろとトラブルが多くて……。
フェル トラブル、ですか?
林 もっともわかりやすいのは、女性がおふたりで飲んでいるところに、おひとりの男性が声をかけるパターンですね。そういう場合、基本的に女性は話を合わせてあげちゃうんです。
フェル なるほど。イヤだなと思っても「ごめんなさい」って言えない女性は多いですね。とくにこういうお店だと、雰囲気的にも断りづらいかもしれない。
林 はい。私が見てきた限り、9割ぐらいの女性は話を合わせてしまいます。彼女たちもその場では「そうなんですよ~」とか「ほんとですか~?」なんて話すんですが、そのあと二度と店には来てくれなくなってしまうんです。
フェル うわー。その男に対しての不信感だけじゃなくて、その子たちにとって店の方のイメージも悪くなっちゃうんですね。
林 その通りです。
フェル そうなるともう、普通に営業妨害ですね。
林 本当にそうで、声をかける男性ひとりのせいで、女性ふたりが店に来なくなるのは大きな損失じゃないですか。そもそも女性のふたり組って、店にとって安心感がありますし、見映えや雰囲気づくりの意味でもすごく重要なんですよ。
フェル たしかに店に入って女性がふたりで飲んでいたら安心するかもしれません。
林 仕事の愚痴やエロ話で盛り上がっている男性グループばかりの店よりは、楽しそうにおしゃべりしている女性のふたり組がいる店のほうがいいじゃないですか。そうなると、カップルにとっても来やすい雰囲気になるんです。
フェル なるほど。その良い雰囲気を壊してしまう可能性があるのが、男性ひとり客だと。
林 そうですね。何度もそういう目に遭いましたから。
彼女顔でカウンターに居座る女性
林 ただ、女性のひとり客もお断りさせていただいているんですね。
フェル え、女性のひとり飲みってのは結構絵になるじゃないですか。
林 意外に思われるかもしれませんが、女性のひとり客の方がものすごく大変なんです。
フェル 大変というのは?
林 ひとりで飲みに行く女性というのは、問題を抱えている場合が結構多いんですね。
フェル あぁ、なんとなく分かりますね(笑)。
林 女性がひとりで店にいると、その方が30代だろうが40代だろうが、バーテンも他の客もみんなチヤホヤしちゃう。つまり彼女たちは、そういうのを確かめに来るんです。私まだモテるじゃんっていう。
フェル でも、それならそれで楽しんでもらえば良いんじゃないですか?
林 それがですね、そう簡単にいかないんです。たとえば、そのひとりで来ている常連の女性がナンパをされたとします。でも、ひとりで来てるということは、バーテンダーはもちろん、他の常連客とも知り合いの場合が多い。そんな状況で見知らぬ男に声をかけられても、絶対に付いて行きませんよね。だってそこでお持ち帰りされたら、そういう軽い女だと思われちゃいますから。
フェル たしかに。男の方も、いきなりお持ち帰りしようとしないで、お店では連絡先だけ交換して、その後はまた第2ラウンドで……っていう感じにすりゃいいのに。
林 そんなスマートにできる男性ばかりならいいんですが、酔っている男性はたいがいしつこいんです。とにかく今日したい!ってがんばっちゃう。イヤがられているのも気づかない。
フェル それで男が恥をかくと。
林 はい。それでその男性も二度と店には来れなくなります。それって、そのお客さんが他のお客さんを連れてくるチャンスをなくすってことなんです。ひとりのお客さんが二度と来なくなるというのは、そのまわりにいる人が来なくなるのと同じなんですよ。
フェル そうやって連鎖するのか。その人と一緒に飲みに行く人全員が来なくなるって考えると損失は大きいですね。
林 それと……これは言いづらいんですが、女性のひとり客で最も厄介なのが、彼女顔でカウンターに居座られること。
フェル ああ! 分かるなぁ。会社のグチを延々と垂れたりして。
林 そうやって自分の店みたいにされてしまうと、お店の緊張感が一気になくなるんです。
フェル 個人的な人間関係ならしつこくされても逃げられますけど、お店を構えてる以上、絶対に逃げも隠れもできないですしね。
林 いや、ほんと最悪店をたたむしかなくなるかもしれない。
フェル とはいえひとりでふらっと来てしまうお客さんもいますよね。そういう時、「おひとりのお客様はお断りしています」と言われて怒ったりする人はいないんですか?
林 たまにいますけど、必要であれば今みたいに説明して納得してもらうしかないですね。
フェル おお、それを言えるのは大変な技量ですね。かっこいい。
フェル先生直伝、女性を落とすテク
フェル 林さんがお客さんを見ていて、女性にええカッコしようとして、逆につまずいてる男って多くないですか? 特にワインバーだと、うろ覚えのワインの知識を思いっきり間違えてお店の人に言ってしまったり。
林 男はみんな知ったかぶりするので、もはやなんとも思わないんです。ただ、間違われた時にどうしようかと思うことはありますね。たとえば「重たいブルゴーニュ持ってきて」と言われても、いや重たいブルゴーニュなんてないけど……っていう。
フェル それはいかんですね(笑)。
林 でも恥かかせるわけにいかないんで、「重たいブルゴーニュというのはありません」とは言えないですよね。「もしかしてボルドーと勘違いされてますか?」とも言えませんし。
フェル そういう客には、いっそのこと「わかりました」と言って重いボルドーを出しても、「そうそう、これこれ」って言う気もしますけどね(笑)。
林 ははは。でも店主としては間違ったものを出せないんでむずかしいです。
フェル それはたしかに困るな。あと、これをぜひ聞きたかったんですが、林さんから見て、味方になってあげたいと思うのはどういう客ですか?
林 やっぱりがんばってる人ですかね。自信満々でガンガンいくタイプの方は、冷たくはしないですけど、私の出る幕はないので。
フェル 僕は完全にそのタイプです(笑)。
林 あぁ、わかります(笑)。もちろん、それでうまくいく方はいいんですよ。でも店として応援したくなるのは、真剣に口説こうとしているのが伝わってくるようなお客さんですね。
フェル やっぱり女性を口説くのに大事なのは真剣さですね。cakesの連載でも「どうやったら女性とうまくいきますか?」という相談を本当にたくさん受けるんですけど、結局は真剣さを言葉に出すことだと思うんですよ。「今夜、君とセックスがしたい」って。
林 そこまで直球だと、むしろ誠実ですよね。
フェル そう言うと女性は「まだ会って2回目なのに……」とか言いますよね。そしたら僕は「じゃあ何回目だったらいいの?」「5回? 10回? 100回?」「その数字に根拠はあるの?」って返します。
林 理詰めですね(笑)。
フェル あとは「俺のことは全然好きじゃないかなぁ?」って聞くと、だいたい「そんなことはないけど……」って言います。そうしたら「理由もないのに何で断るの?」「君の言っていることはおかしい!」と。
林 本当にそうやって言うんですか!?
フェル 言いますよ。すると「ごめんなさい」みたいに言うので、「君が謝る必要はない。謝らなくていいからホテル行こう」。これですね。
林 それはすごい(笑)。
フェル もちろん「君とセックスがしたい」だけでなく、ちゃんと「僕は君のことをすごく素敵だと思う」とか、男はもっと言うべきですよ。ヤれない男って、口に出して伝えてもいないのに「俺のこと分かってくれない……」って言うんですよ。言わなきゃ分かるわけないだろ。それに女性だって、面と向かって言われたらうれしいと思うんですよね。
林 たしかにきちんと意思を伝えるのは大事だって聞きます。よく女性から聞くのは、「相手がどうしたいのかが分からない」と。男が何を望んでいるのか分からないのが一番イヤらしいです。
フェル それは単純に男が逃げてるんですよ。最終的な判断を女性に委ねているだけ。はっきりヤリたいとも言わず、ホテル街をグルグルまわりながら「終電なくなっちゃうね」なんていう男は最低ですよ。はよ言わんかい!っていう。
林 ははは(笑)。
フェル お前それで終電がなくなったら、女性に「ホテル行こう」って言わせるつもりなのか! そんなのは口説いてるうちに入りません。
林 まあでも、フェルさんみたいな方って、いま絶滅危惧種だと思うんですね。
フェル 自分でもそう思います。だからヤリたい放題ですよ。目の前にブルーオーシャンが広がっている気分です。
(次回は5月10日更新予定)