第1章 「俺達には、いくら払うのか」 vol.4

manaveeのサイトを立ち上げ、新たな仲間も増えて、順風満帆に見えた活動に、今まで避けてきたあることが大きな壁となったのでした……。
無料の授業動画サイト「manavee(マナビー)」を立ち上げた花房孟胤さんが、その設立、運営、そして現在に至るまでの紆余曲折を赤裸々に語ります。たった一人で教育を変えようと思い立った男の泥臭い奮闘記をお届けします。

■プログラムって、すげー

 日々の生活は、段々と安定してきた。やることは、ひたすら授業を取ることだ。僕が黒板の前にカメラを構えて、仲間の先生が授業をする。それが終われば、また次の先生と待ち合わせをして、同じ事を繰り返す。皆、学業をやりながら活動しているので、大学の空き時間を使う。僕は授業には出ずに、三脚とカメラを引っ提げて、空き教室を探して構内を走り回った。撮影は順調だ。日々ビデオは増えていく。今度は二か月後の12月7日までに、100本の授業を公開しよう。新しい目標を立てて、僕たちは盛り上がっていた。

 日が沈んだら、パソコンに向かう。ウェブサイトは立ち上げたからといって終わりではない。どうひいき目に見ても、しょうもないサイトだということは分かっていた。肝心のコンテンツもスカスカだし、デザインもかっこ悪い。けれど、具体的に何をどう変えたらいいのか分からない。他のサイトを参考にして真似をする。どうやったらあのかっこいい機能を実装できるのか、考える。背景は白色がいいか、薄い水色がいいか。模様があったらどうだろう。全体的にもったりしているな。お、枠線の色を薄くしたら少しはおしゃれになるのか。

 ひとつずつ勉強して、機能を増やしたり見た目を変えたりした。プログラムには特に関心がなかった僕も、この頃から少しずつその力を実感し始めていた。

 毎日の撮影が終わった後には、撮りためたビデオをYOUTUBEにアップロードする作業がある。現在のmanaveeでは、すべて自動化されているからそんな必要はないが、当初はYOUTUBEの普通のアップロード機能を使って、ひとつずつ僕が手作業でアップしていた。ひとつの授業のアップロードに一時間ほどかかり、すべての授業がアップロードされると、次は生成されたリンクを順番にmanaveeに登録していく。名前を付けて、URLを入れる、せこせことした単純作業だ。

 そんな作業に時間を取られている自分が馬鹿馬鹿しく思えて、覚えたてのプログラムを使って簡単にできないかを考えてみた。手始めに、ホームページのリンクは、データベースに動画を登録すると自動で増えるようにしよう。それまでは、ひとつ授業が増えるたびに、ホームページのソースコードに手作業でひとつずつリンクを付け足していたのだ。そこにループという機能を使えば、もしかして自動で全部表示するようになるんじゃないか。

 ホームページでまとまった情報を表示する手段として、HTMLのテーブルタグという機能がある。今まで手で書いていたそのテーブルタグを、完全に自動で書かせてみよう。それは少しプログラミングを勉強すれば分かることだが、ほんの小さなチャレンジだ。10回、20回と試行を重ねて、何度もエラーを吐き出しながら、思い描いた機能を実現した。

 「もうリンクは手作業で付け足さなくてもいいんだ」

 一般的に言えば、「システムを使った業務の効率化」という言葉が当てはまるのだろう。単純作業に忙殺されて、それでもやりたいことに少しも近づけないとき、プログラミングが持っている力の片鱗を、「仕事がなくなった」という大きな感動と共に、初めて実感できた。

■目標達成。でも、お金がない。

 2010年12月4日、土曜日。100本目の授業のアップロードが完了した。皆に約束した第二の目標も、これでなんとか達成だ。元々友人だった仲間たちは、ふたりで空き教室を探して学内をさまよった駒場キャンパス一号館の廊下で、「本当に100個作ったね」と感慨深げに賞賛した。仲間との約束を守れたことにひとまずは安心しつつも、これからmanaveeという試みをどうしていけばいいのか、漠然とした不安を感じていた。

 事件は100授業達成を祝うおめでたい日に起こった。その日は今までばらばらにやってきた仲間が一同に会する最初の機会で、僕はこの日を決起集会のようなものにして、皆をますます盛り上げていこうと考えていた。

 2年生の夏までは個人的に料理に没頭していたこともあって、4品ほどパーティ料理を準備した。夕方のパーティに向けて午前中から煮物を仕込み始めて、今日という大事な日にくだらないことで失敗しないように、何度も手順を確認した。僕のお気に入りの料理は、特製のタルタルソースをかけたサーモンをパイに包んでオーブンで焼く料理で、あまり難しいテクニックは必要としない。その割にはやたらと豪華に見えるので、その日も張り切ってこしらえた。

 これだけ入念に確認して時間をかけたのは、二か月突っ走ってもなお一緒について来てくれる仲間を労いたいという強い気持ちの表れだった。でもそれは、僕が良いリーダーだからとかそういう話ではなかった。クラスの文化祭など強制的に発生するイベントを除いて、僕にとってはmanaveeが、初めて他人と一緒に活動した本格的なプロジェクトだった。それ故に、今まで授業を撮影してくれた仲間が、何を考えているのか、僕は全然分かっていなかった。

 だから、目の前にいる人達の信頼を繋ぎ止めたい一心だった。失敗を見せることはできないし、全ての業務は完璧に遂行しなければならないという切迫感に追われてもいた。ひたすら気を遣って、「仲間」という言葉も多用した。それで少しでも本当に「仲間」になってくれるかもしれないと期待したからだ。けれど、結局、本質的な問題は隠し通せなかった。

 定刻の午後6時、よくある大学生のホームパーティとして和やかにスタート。「会うのは初めてだけれど、何度も動画で見たことがあるから初めてのような気がしないね」とmanaveeの参加者では後に定番になる会話を楽しみながら、時間は過ぎていった。初対面のメンバーも多い中で、お互いの自己紹介から始まって、ビデオ授業の難しさや日々の工夫なども披露しあった。

 宴もたけなわという頃、世界史を担当していた猪倉先生が、切り込んできた。

「結局オマエは、起業するのか」

「それとも、学生団体のお遊びか」

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予備校なんてぶっ潰そうぜ。

花房孟胤

起業やボランティア活動に興味があったわけはなく、むしろ「まわりは馬鹿な奴ばっかりだ」と見下していたーー そう考えていた一人の東大生が、話題の「教育系NPO代表」になったのはなぜなのか。無料の授業動画サイト「manavee(マナビー)」...もっと読む

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_DSCH 現実ですね; 4年弱前 replyretweetfavorite