「いやあ、大変だったねえ」
城島遼太郎は入ってくるなり、むやみに大きな声で言った。ひっそりとしていた休憩室につかの間、外の喧騒が流れ込んできたが、ドアが閉められるとまたそこは静かな空間に戻った。中にいたのは隅田伸二だけだった。
「あ、城島さん、お疲れ様です」
「うん。お疲れ。」
城島が話すたびにでっぷりと突き出た腹が揺れる。「貫禄」と言えば聞こえはいいが、背が低く手足が小さいため、まるで庭においてある陶器製の小人のようだ。
「やっと昼飯にありつけるよ。隅田くんは?」
「私もまだですけど……」
食欲がないので、と言う間もなく、城島はさっさと休憩室を出て行ってしまった。炊事室に食料を取りに行ったのだろう。隅田は出かかった言葉を腹の奥に引っ込めた。まったく、人の話を聞かない親父だ。
城島遼太郎は、今年で勤続二十八年目になるJRの助役だ。助役とは、駅長に代わって実質的な駅の運営を行なう管理職である。そのキャリアからいって城島が助役を担当するのは普通だったが、彼はその地位に就くものとしては圧倒的に威厳というものがないのだった。もともと駅員は役職が変わったとてやることは同じ駅の管理だ。日ごろから役職の違いを意識すること自体少ない。しかし、いつもちょこまかと駅の中を走り回っている城島の姿はまるで使い走りである。喋り方もせわしなく、落ち着きがない。三十年近く働き続けたその末路が、このホビット族みたいな男なのか。今年で勤続五年目になる隅田は城島を見るたび暗い気分になっている。先のないレールを見せつけられたような心持ちになるのだ。今日も隅田は暗い気分でいたが、その原因は城島ではなかった。
「カレーがあったよ!」
ドアが開き、城島が嬉しそうな顔をして戻ってきた。両手に鍋を抱えている。
「いつのですか、それ」
「さあ。でもさすがに一週間前ってことはないだろう」
炊事係が作りおきしていた夜食の残りらしい。城島は手際よく皿を並べ、レンジで暖めたご飯を盛りつけ始めた。ぷん、と温かい香りが漂ってくる。隅田はたまらず言った。
「あの、私は、いいですから」
城島はカレーをよそう手を止めず、意外そうな顔で訊く。
「えっ、なんで?」
そして、ライスにルーをたっぷりかけた皿を隅田の前に置いた。
「カレーだぞ?」
カレーだったらなんだというのだ、と隅田は思った。どんな人間でもカレーが出てくれば喜んで食べると思っているのか。それがたとえ、人身事故の処理をした直後であっても、だろうか。
「とてもじゃないですけど、いまは食べる気分になれないですよ」
「そうか、隅田君は人身は初めてだったな」
城島は、スプーンで隅田を指して言った。
「……はい。話は聞いてましたけど」
「そりゃあ、運が悪かったな。当たらない奴は定年まで当たらないって言うぜ。そんで、当たる奴は当たる」
城島はニヤッと笑った。
「つまり、お前さんはこれから何度も何度も当たるのさ」
怪訝な顔で隅田は尋ねた。
「……城島さんはこれで何度目なんですか」
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