第1章 こうして僕は大学に行かなくなった vol.2

僕にとって大学は希望 ーーそう考えていた一人の東大生は、なぜ大学に行かなくなってしまったのか? 無料の授業動画サイト「manavee(マナビー)」を立ち上げた花房孟胤さんが、その運営の苦労、そして現在に至るまでの紆余曲折を赤裸々に語ります。 本日4/25(金)発売の『予備校なんてぶっ潰そうぜ。』(集英社)から、たった一人で教育を変えようと思い立った男の泥臭い奮闘記をお届けします。

■外国語を手軽に覚える方法

 2年生の春、僕はひょんなことからドイツ人と同居することになった。

 以前から世界一周旅行をしたいと考えていた僕は、インターネットで見つけた、あるウェブサイトの利用者になった。カウチサーフィンという名前のそのサービスは、言ってみれば、旅行者同士の国際的なSNSだ。

 そこでは、ある旅行者が旅先で「泊めてくれ」と言うと、誰かがホストに立候補して「うちのソファーに泊まっていいよ」と返してくれる。そうして世界中のバックパッカーたちが、宿泊先を見つけられるというシステムだ。

 僕は、このサービスを利用して英語の勉強をしようと思いついた。本当は自分が外国に行こうと思っていたけれど、そもそもそこまでのお金はないし、自分の周りがすっかり変わってしまうならば、それはもはや留学しているようなものだ。

 思いついてからは、ひっきりなしにそのウェブサイト経由でバックパッカーを泊めて、日本食もどきの手料理を振る舞った。渋谷から2駅の駒場東大前は立地も良かったから、一人暮らしの狭いアパートには、途切れることなく旅行者が訪れるようになって、僕も自然と、「Ah,huh」と相槌を打つようになっていた。

 五月の半ば、そのドイツ人はやってきた。彼の名前はヤニック。ドイツ人とフランス人を両親に持ち、夢のお告げを理由に突然日本にやって来てからは、スカイプでヨーロッパ圏の英語学習者に英会話を教えながら日本で放浪生活を送るという、いささかややこしいライフスタイルの男だった。

 予定では、彼の滞在は五日間で、他の旅行者が平均2、3日の滞在であることから考えると、比較的長い時間だった。

 最後の晩になって、ヤニックがおもむろに相談を持ちかけてきた。

 「家の近くの駒場キャンパスが気に入ったので、一緒に住みたい」と言うのだ。突然のことだったが、実は僕も悪い気はしていなかった。僕は日本語と英語が少ししか喋れないけれど、彼は語学が堪能だ。だから、僕もフランス語を覚えるチャンスだと考えた。

 交渉の末、「ヤニックは一日のうち10%はフランス語を話す」という条件で、僕は彼に同居を許可した。

 ひとつ問題があるとすれば、彼が一向に日本語を覚えようとしないことだった。知り合いとヤニックのために日本語講座を開いたりもしたが、10ヶ月の滞在で、彼が唯一覚えた日本語は「らーめん」だけで、「わたしは たべます らーめんを」と言っては、満足気に笑っていた。

カーン・アカデミー

 同時期、僕は駒場キャンパスで交換留学プログラムの留学生と交流する機会が増えた。ヤニックと行動することが多くなると、自然と英語圏への馴染みが深くなっていく。

 その留学生コミュニティの学生たちは僕のことを“Hana”と呼び、コミュニティの標準的な構成員の一人として受け入れてくれた。

 元来、特に海外に関心があったわけではなかったが、彼らが僕を変人扱いせず、当たり前のようにメンバーの一員として接してくれるのを感じると、やがて「日本語はもういいや」と思ってしまうぐらい、彼らと居ることの方が心地良くなってきた。ただ、彼らと過ごすためには、英語が当たり前に使いこなせることが必須条件だった。

 一口に英語が喋れるといっても、様々な段階がある。「ハロー、ハウアーユー、エンドユー?」程度しか喋れなくても、それはそれで挨拶ぐらいならできると言えるレベルだろう。あるいは「買い物行くけど、なんか欲しいものある?」「次の授業って何限だっけ?」みたいな日常会話ができるなら、なかなか悪くないレベルだ。一応そのぐらいのレベルには達していた当時の僕の悩みは、「専門的な話題についていけない」ことだった。

 例えば、「ヨーロッパ交通あるある」で友人たちが盛り上がっていても、僕は分かったふりをして遠慮がちに笑うしかなかったし、一眼レフについて説明してくれる中国人の友達の解説も、ぽかんと口を開けて聞き役に徹する以外にやりようがなかった。それは日本語ができるからといってすべての話題についていけるようにはならないのと一緒で、結局はすべての専門分野について、ひとつずつ英語で学び直す必要がある。

 そんなときに、ふとインターネットで目に止まったのが、「カーン・アカデミー」というサイトだった。そこには、理系科目を中心に専門的な授業の動画が数千個アップロードされていて、何者かは知らないけれど、何でも知っているカーンというアメリカ人のお兄さんが、丁寧に授業を解説してくれているのだった。

 後になってそのサイトは、ビル・ゲイツが巨額の寄付をしている、世界的にも注目されているサービスだと知った。ただ当時は「ちょうどいいサイトがあった」くらいに思って、僕はサイト内で配信されている授業をつまみ食いするようになった。

 そうして「カーン・アカデミー」を見始めてしばらくたったある日、そういえば日本の大学受験にも似たようなものがあったな、と思い出した。そのサービスは確か東進衛星予備校がやっているもので、いわゆるカリスマ講師の授業をDVDに収めて、全国に届けるというモデルだった。高校の友人の中にも、不安に駆られてそのビデオ授業を受けまくって、随分な金額を支払っている人がいた。

 「ビデオなのにどうしてそんなにお金を取るんだろう?」

 純粋に高校生の視点から感じた疑問を、その時僕は、ふと思い返していた。

■そして僕は学校に行かなくなった

 大学生活も一年と半分が経過した頃、僕は大学へ過度な期待をしなくなり、淡々と授業を選んで興味の向くままに勉強していた。毎日は平穏だったが、その先に立ち込めている暗雲にも、気づいていた。東大では2年生の秋に、「進学振り分け」という制度がある。通称「進振り」の時期がやってくると、今まで文科Ⅲ類という形で曖昧にしか決めていなかった専門が、いよいよ正式に学部という形で振り分けられることになる。可能性という形で先延ばしにしてきた未来について、確定的な選択をすることを迫られるのだ。

 実のところ僕は弱っていた。人の心やその仕組みが好きだったからそれを専門にしたいと考えてはいたけれど、そもそもこの大学に来た理由はコミュニティで押し付けられる「ハズレくじ」ポジションを飛び出るためだった。だから自分が選んだ専門について、本当にこれでいいのか迷いがあった。

 ことはそれだけでは済まない。さらに一年もすると、エントリーシートやら、企業説明会やら、リクルートスーツやらの季節になる。そう、就職活動だ。僕もある程度のことは知っている。しっかり自分の軸を見つけていれば問題ないらしい。企業を見て回るというのは大変面白く勉強になることらしい。くたびれた表情を浮かべながら新品のリクルートスーツに身を包む女子学生は思いの外セクシーらしい。いろいろな言説を見聞きしてもなお、就活に対する拒絶反応は自分ではいかんともしがたかった。

 このままでは大学受験の時にやっとの思いでやり過ごした押し付けの社会制度と、三年越しの再会を果たすことになる。それは耐えられない。周りにも不満ありげな顔をしている連中は少なくないが、結局、文句を言いながらもだましだましやっていくんだろう。その中で僕だけは、やり過ごすことができずに破綻してしまうんじゃないかと、ひとり不安を募らせていった。

 2010年10月7日。僕はその日、食堂で偶然居合わせた友人と夕食をとっていた。「夏休みには何をしたの?」とお互いの近況を報告しあう。ひと区切りついてちょっとした沈黙ができた時、僕はたわいのないアイデアを披露してみた。

 最近、英語を勉強してるんだけどさ、ネットには英語のニュースもあるし、ドキュメンタリーもあるし、ちょっと古いコメディードラマだってある。それに、近頃は数学とか情報学とか専門的な領域を英語で勉強し直すのに便利なサイトもあるんだよ。英語が話せるといったって、専門的な話はやはりその分野を英語でやり直さないといけないから、そういうサイトはすごく使い勝手が良いんだ。でもね、日本にはまだ全然そういうのがないんだよ。大学受験とかでもそういうのがあったら便利なんじゃないかな。

 そのアイデアには、これといった情熱が込められていたわけではなかった。たしかに便利なサイトが揃う海外のネットの状況と比べると、日本の教育、とりわけ大学受験で行われているビジネスは、ひどくみっともないものに見えた。

 けれど、その時の僕は興味の赴くまま、CGのバイトをして、外国語を学んで、何の不自由もなかった。もう受験なんて僕にとっては終わった話だし、それをわざわざ蒸し返すつもりはなかった。なにより僕は受験が大嫌いなのだ。

 しかし、単純な思いつきで言ってみたアイデアに、友人は賛成した。同様に彼もまた、教育に関係するアイデアを持ち合わせており、それなら一緒にやろうとその場で意気込んだ。彼がそのときどれくらい本気だったのか、今となっては分からない。彼と盛り上がったのはその一度きりで、その後彼とは二度と顔を合わせることはなかったからだ。

 でも当の僕は、どうにも勢いづいてしまった。後になっていろいろな人に「なぜこの事業を始めたのですか?」と訊かれるたび、僕はいつもこの日の興奮した気持ちを思い出す。しかし、どれだけ考えても、あれだけ興奮した理由を何一つ見出せなかった。アイデア自体は、どこにでもいる大学生の単純な思いつきだし、今でも時々、もう一度受験をすることになった夢を見て嫌な気持ちになる朝があるぐらい、受験も大嫌いだ。

 それでも僕がこの日を境に何も考えずに、この未知の事業に向かって猪突猛進するようになったのは、閉塞感があったからではないかと思っている。このまま専門課程や就活が待ち受ける予定通りの人生を送って行くと、どうしようもない袋小路に追い詰められてしまうんだという閉塞感が、当時の僕の心には充満していた。

 それから三年間、「なぜ始めたのですか?」とあまりにもたくさんの人に訊かれ、そのたびに言いたくない理由を隠して、埋め立てて、でもまた掘り返して、今度は違う理由を考えたりして、もう今では、どの答えが一番正確なのか、僕自身にも分からなくなってしまった。

 ともあれ、僕はその日を最後に大学には行かなくなった。


(次回、4月30日更新予定)


どこに行っても変わり者扱いをされた花房孟胤さんが、いかにして無料の授業動画サイト「manavee(マナビー)」を立ち上げたのか。大学受験に厳然と存在する地理的・経済的な格差をどのように打ち破ったのか、その紆余曲折の冒険を、ぜひお手にとってご覧ください。

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予備校なんてぶっ潰そうぜ。

花房孟胤

起業やボランティア活動に興味があったわけはなく、むしろ「まわりは馬鹿な奴ばっかりだ」と見下していたーー そう考えていた一人の東大生が、話題の「教育系NPO代表」になったのはなぜなのか。無料の授業動画サイト「manavee(マナビー)」...もっと読む

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TmMgn1 |予備校なんてぶっ潰そうぜ。|花房孟胤 @news_manavee |cakes(ケイクス) 閉塞感のある社会だと人が輝くってどっかで聞いたことあったがまさにそれ https://t.co/453fmHt5FV 約4年前 replyretweetfavorite

7chicman 大学に行く為に高校があるなら、高校も行かなくていい。新しい教育を創りたい。 約4年前 replyretweetfavorite