—— 『おやすみプンプン』連載終了、おつかれさまでした。今のお気持ちはいかがですか?
浅野いにお(以下、浅野) ようやく本当に終わったって感じです。
—— 自己最長作品ですよね。小学校入学して卒業できますからね。
浅野 7年近くやりましたから。『おやすみプンプン』は、先にあらすじが決まっていて、数年前から終わりが見えていたので、気持ち的にはずっと前から終わってたんです。
でも、どうしても手が抜けないというか、やろうと思ったことを全部やり切らないと後悔しそうだったので。終わらせず我慢してやり通そうと思ったら、全7巻くらいで終わる予定が倍になりました。だから本当にようやく、という感じです。
—— 『おやすみプンプン』のコミックス3巻が出た頃にインタビューさせてもらったんですが、その時に全体のおおまかなあらすじは30分程度でできたとおっしゃっていて。最初の構想では、どこまで話ができていたんですか?
浅野 1話目ができあがった段階で構想していたのは、これはプンプンという少年の成長の話であって、おそらく10年間くらいの話を書くことになるだろうなと。
—— はい。
浅野 ヒロインは愛子ちゃんで、ジャンルで言うと恋愛マンガというか、純愛マンガ。全体の話の構成のヤマ場としては、途中で何か「事件」が起きて、プンプンと愛子ちゃんが逃避行みたいな状態になる。後半は、ロードムービーっぽくなっていくというところまでは決まっていたんです。
『おやすみプンプン』1巻より
—— 小学生編ののどかな雰囲気は、はなっから彼らを陵辱する気まんまんだったんですね。
浅野 後で「事件」が起こることは最初から決まっていたわけだから、それが一番衝撃的に見えるために何をすればいいか、たわいのない青春時代をいかに長く丁寧に描くかってことだと思ったんです。小学生らしく、わかりやすく、みんなの郷愁を誘うような描き方を心がけていました。
—— プンプンと愛子ちゃんの初恋も、その考え方で?
浅野 なにしろ転校生に一目惚れ、ですから。お話的には一番ベタな展開から始めました。
「マンガとはこういうものだ」というフォーマットが、マンガの歴史の中である程度できあがってるじゃないですか。それをどこまで壊せるかっていう挑戦でもあったので、いわゆる恋愛マンガというかラブコメの「あるある」から始まっていく。そこから始めて、どこまでも混沌としていくという。
—— 高校を卒業したプンプンの前に、さっちゃん=南条幸というマンガ家志望の女性が現れます。この展開は最初から織り込み済みでしたか?
浅野 プンプンと愛子ちゃんの間にさっちゃんが加わる、三角関係の話は最初から盛り込む予定でした。第1話で、プンプンパパが望遠鏡を見て夏の大三角形がどうたらこうたらと言ってるんですけど、あれは自分で読み返した時、「『プンプン』は三角関係の話をするんだ」と思い出せるように描いておいたんですよ。
—— 1話目からそんな伏線が!
浅野 こと座のベガが織姫で、わし座のアルタイルが彦星。そこに、はくちょう座のデネブが加わると、「夏の大三角形」になるんです。プンプンと愛子ちゃん、織姫と彦星の話に、さっちゃんが加わって三角関係になる。
プンプンが途中(11巻)で角が生えたのも悪魔ってわけじゃなくて、彦星は牽牛星とも呼ばれるので、牛のイメージなんですよ。
『おやすみプンプン』11巻より
—— では、プンプンがピラミッド型になったのはどうして?
浅野 あれは1番シンプルな正多面体っていう、1番ミニマルなものにしていくと正四面体になるっていう。1番シンプルな立体ってなんだろうって。
『おやすみプンプン』8巻より
—— ほかにもおどけるとひょっとこになったりとか……。
浅野 あれは深い意味はないです(笑)。単に僕が和風の置物が好きで、それを描きたかったってだけで。理由があるところと理由のないところが、モザイクみたいに混在してますね。
なにひとつプンプンの思い通りにはならなかった
—— つまり前半は、読者それぞれの人生の記憶、あるいは物語の記憶を引き出していくようなエピソードをばらまいて、主人公であるプンプンに感情移入させる。そうしたうえで、誰も経験したことのない人生の物語へと踏み出していく。その経験とは、何かというと……。
【未読のひと注意! ここから大ネタをバラします!】
—— 愛する人のために、人を殺すことでした。構想段階でいつか起こすと決めていた「事件」の中身を、「殺人」にすると決めたのはいつ頃ですか?
浅野 コミックスで言うと3巻の頭くらい、プンプンが中学生になったあたりで、ヤマ場に当たる事件は、二十歳のプンプンが人を殺すことにしようと決めました。その事件をきっかけに、愛子ちゃんとプンプンが一緒に逃げる。あとは最終話に、ハルミンという小学生時代の友だちが出るってことも3巻の段階で決まりました。
『おやすみプンプン』1巻よりプンプンとハルミン
—— 小学5年生の時、転校していってしまう男の子ですね。最終回では、大人になったプンプンとハルミンの意外な再会が描かれました。
浅野 この話はあくまでプンプン目線で書かれているから読者はわかるけれども、他人から見たら、プンプンがどういう人生を歩んできたかなんて分からないじゃないですか。
ハルミンはすごく真っ当な価値観を持っている、一番ノーマルなキャラクターだったので、プンプンの人生と対比して出すのはおもしろいかなと思ったんです。
—— 最終話でハルミンが見た風景は、プンプンのまわりにたくさんの仲間がいる姿でした。そのワンシーンだけ切り取って見たら、とても幸せな光景ですよね。
浅野 そうですそうです。でも、プンプンは最後まで、何ひとつ自分の思い通りにならなかったんですよ。
—— はい。
浅野 本当は愛子ちゃんが死んだ後も、愛子ちゃんのことをずーっと心の内に抱えながら孤独に生きていくことを願っていたんだけれど、結局さっちゃんに捕まえられて、なんとなくあやふやになってしまう。
プンプンは、そこで折れてるんです。愛子ちゃんと夢で対話してる中では(145話)、自分のことが誰の記憶からもいなくなればいいみたいなことを言ってたりもするんですけど、そんな願いすらプンプンはかなわない。
—— 作中で「おやすみ、プンプン」というナレーションが何度か挿入されていますが、最後にプンプンが自分の意志でつぶやいた「おやすみ」は、さっちゃんによってキャンセルされてしまう。
自分の意志で永遠に眠ることを、起こされてしまった男の話とも言えます。
※作中でプンプンは、フキダシでしゃべらずコマの中でモノローグとしてしゃべる。『おやすみプンプン』13巻より
浅野 そうですね。しかも、ちょっとわかりづらく描いちゃったかもしれないんですけど、さっちゃんはプンプンのことをマンガにしてるんです。プンプンが「みんなに忘れて欲しい」と思っている自分の半生が、さっちゃんの手でほじくり回されて、マンガに描かれて、残っていく。
—— 以前のプンプンという人間の性格を考えれば、それは……生き地獄ですね。
浅野 最終回を実際にどう描くかは、最後の最後まで迷ったんです。いろいろあった想定の中で、プンプンが死ぬっていうエンドもあったんですよ。
—— おお。それは?
浅野 さっちゃんの子供が駅のホームに落ちて、プンプンが助けるんだけど、その子の身代わりにプンプンは死んでしまう。そのエンドは、終わり方としてはスッキリするんです。けど、スッキリさせていいのかっていう疑問があったんですね。
—— スッキリとは?
浅野 物語としてきれいに終わりすぎてしまう。逆にうまくまとまりすぎちゃうというか。死ぬよりも、生きるほうがずっとつらいですから。プンプンにとって、一番みじめでイヤな終わり方はこれだろうな、と思って最終回はあの展開にしました。
—— 一番イヤな終わり方が、このマンガにとってのトゥルーエンドなんだ、と。
浅野 ええ。ただ、あれが気持ちのいい終わり方って言う人もいるし、物語だからそれぞれの価値観で判断してくれればいいと思っています。
みんながみんな同じ感想じゃあ、逆につまらない。最終回の感想は見事に真っ二つに分かれたので、感想の見応えがありました。
どうしてプンプンの顔は描かれないのか? 凄まじいクライマックスの事件に託した想いとは? 浅野いにおさん自身が『ソラニン』でかけられてしまった呪いとは? 次々に謎が紐解かれる第2回「自分で読みなおしても、どうかしてるマンガだなと思う。」は、4/30(水)更新予定です。