​20歳の地図—都の西北、バカ田の隣り 中編

タモリの足跡とともに戦後史を振り返る連載、今回はタモリが大学生だったころを振り返ります。一浪して憧れの吉永小百合と同じ早稲田大学第二文学部に進学したタモリ。ちょうどそのころ全国の大学では学生運動が広がり始めていました。マルキストたちを横目にサユリストのタモリはなにを思っていたのでしょうか。

終戦直後に生まれ古希を迎えた稀代の司会者の半生と、 敗戦から70年が経過した日本。
双方を重ね合わせることで、 あらためて戦後ニッポンの歩みを 検証・考察した、新感覚現代史!
まったくあたらしいタモリ本! タモリとは「日本の戦後」そのものだった!

タモリと戦後ニッポン(講談社現代新書)

“あの人”も参加していた早大紛争

タモリの東京での生活は、一浪中、先に早稲田大学に入った友人の住む都立大学駅近くのアパートに転がりこんだことから始まったという(戸部田誠「大タモリ年表 #1」)。

前編であげたようにタモリと同年代のなかには、左右問わず急進的な社会運動にかかわった人物も少なくない。彼らが活動したのは主に1960年代後半から70年代前半、学生運動の最盛期である。早稲田大学でも1965年12月、竣工したばかりの第二学生会館の管理・運営権を求めて一部の学生が運動を起こし、大学当局と対立した。学生側はやがて大学本部を封鎖するという実力行使に出るも、大学側はこれを学内への警官隊の導入によって排除する。

だが学生会館問題はそれで終わることはなかった。翌66年の年明け早々、唐突に新年度からの学費値上げが発表されると、それに反対する多くの一般学生をも巻きこんで運動は拡大していく。1月下旬からは全学ストライキが決行され、6月までじつに155日間も続き、この間、しばしば警官隊の出動が繰り返された。「学費・学館紛争」とも「早大紛争(闘争)」とも呼ばれるこの紛争は結局、総長以下、大学執行部の総退陣により終結を見る。

全学的な運動となっただけに、参加した学生のなかにはのちの著名人の姿も見られる。京都のヤクザの家に生まれた異色の作家・宮崎学は、タモリと同じく高卒後一浪して1965年に早稲田の法学部に入学した。早大紛争に際し共産党系の活動家として奔走した宮崎は、このときのことをのちに自伝的著書『突破者』(南風社)に書いている。

それによれば、全学ストに突入して以来、日ごとに集会や学内デモに参加する学生が増え、本部前広場での集会でも、活動家だけでなく一般の学生が次々と登壇してアジ演説をしていたという。アジ演説のアジとはアジテーションの略、ようするに扇動を意味する。

あるとき、学内の劇団に所属する男子学生が登壇して演説を行なった。活動家連中の聞き取れないダミ声とは違い、さすがに発声もちゃんとしており、そのスマートで物馴れたさまに、運動組織の幹部が「達者なもんだな。あいつにずっとアジらせろ」と感心するほどだった。その劇団の学生とは誰あろう、のちのニュースキャスター・久米宏。タモリや宮崎学よりひとつ年上の彼は、当時大学3年生だった。

ただし、久米自身がのちに語ったところによれば、大学時代は学生運動にはまったくノータッチ、就職試験で「君は学生運動期間中何をしてた?」と聞かれても、「芝居の稽古やバイトで忙しくて、学生運動をする暇がなかった」というふうに答えていたらしい(久米宏・久米麗子『ミステリアスな結婚』講談社文庫)。本人としては、学生運動にそれほど深くかかわったという意識はなかったのかもしれない。また彼が受験できた会社も、入社したTBSを含め2社だけだったそうなので、たとえ学生運動に参加していたとしても、否定するのが当然であったろう。

マルキストになれなかったサユリスト

タモリにいたっては、学生運動にかかわった形跡すらない。本人も、《全共闘世代っていうけど、なんら、影響、受けてないもん。やってたヤツ、知りあいにいないし》と、糸井重里との対談で明言している(「タモリ先生の午後2007。」第17回)。

全共闘というのは「全学共闘会議」の略で、既成の学生自治会組織とはべつに、無党派の学生が中心となって結成された運動組織だ。その先駆けとなったのが、くだんの早大での学館紛争に際して結成された「早大第二学館問題全学共闘会議」だった。のち1968年から翌年にかけて、東京大学や日本大学をはじめ全国の大学で紛争が起こったが、このとき各大学で全共闘が結成され、学生運動を主導することになる。「全共闘世代」というとたいていは、早大紛争より少しあとのこの時代に学生運動に参加した世代を指すことが多い。

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タモリの地図—森田一義と歩く戦後史

近藤正高

2014年3月31日、『笑っていいとも!』が32年間の歴史に幕を下ろしました。約32年間、毎日テレビに出続け今や国民的タレントになったタモリ。そんな「昼の顔」だけでなく、アングラ芸で身を起こし、深夜番組『タモリ倶楽部』で披露する「夜の...もっと読む

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donkou 連載4回目です。タモリが在学中、早稲田では学園紛争が起こりましたが、彼はそのとき何を…? 4年以上前 replyretweetfavorite