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老人がどんどん増えていく
特別養護老人ホーム(以下特養)の入所待機者が52万人もいるというニュースにはビックリした。都道府県によっては、複数ヵ所のホームに申し込んでいる人を延べで計算しているので、数字が吊り上ってしまったという事情もあるそうだが、仮に52万の半分だったとしても膨大な人数だ。
ただ、ビックリした一方、当然かなと思う気持ちもある。平均寿命が伸び、老人がどんどん増えていくのは、統計に教えてもらわなくても、実感としてわかる。
老人が増えて、子供が生まれない。これが、現代の先進国が抱えている共通の問題だ。本当なら、すべてを、この人口比に合うように根本から変えていかなければいけないのに、改革は遅々として進まない。皆が目の前の利益に気を取られ、深く考えることを止め、すべての負担を将来の働き手に押し付けている。
可哀そうな将来の働き手が年を取ったころには、膨大な数の老人ホームがあっても、そこに入るお金がなく、たとえ入っても、介護をしてくれる人がいなくなっているに違いない。彼らの祖父母や親は、まあまあの年金とまあまあの福祉を享受し、それでも文句を言いつつ余生を全うして、「後はよろしく」とすでにお墓の中だ。
残されたのは、大量の国の借金と老人ホームの遺跡? それを見越しているのか、今の若い人たちは、年金も後期高齢者医療も、たいして当てにしていないという。しっかりした人ほど、早くから自助の対策を練っている。
労働大臣のアンドレア・ナーレス女史 〔PHOTO〕gettyimages
ドイツ経済発展の足を引っ張る重大問題
ドイツと日本は両国とも、現在、出生率がほぼ1.4。平均寿命は日本の方が少し長いが、これも似たようなものだ。つまり、どちらもまさに同じ"少子高齢化"問題を抱えているわけだが、現在ドイツでは、こともあろうにそれを無視して、国を滅ぼすような改革が行われようとしている。年金支給開始年齢を63歳に引き下げるのだ。
ドイツでは昨年12月より、中道保守のCDU+CSU(キリスト教民主同盟とキリスト教社会同盟)と、中道左派のSPD(社民党)が大連立を組んでいる。CDUとSPDといえば、昔なら、水と油のように相容れることのなかった党だが、今は時代が変わり、事情も違ってきた。資本家対労働者の色分けは雲散霧消、保守も革新も、皆、じりじりと中心に寄って、主張も政策もあまり変わらなくなってしまった。
それでも、ドイツSPDの中には、まだかなりの左翼がいるようだ。新しい労働大臣アンドレア・ナーレス女史がその一人で、搾取されている労働者を救うという信念のためか、年金支給開始年齢の引き下げという亡国の政策を、力強く推し進めようとしている。そして、大連立であるがために、ナーレス氏に引きずられるように、ドイツ政府はその決定に向かっているのだから、由々しき事態である。
そもそもドイツでは、長い論争の後、年金支給開始年齢を引き上げることが、2007年にようやく決まったばかりだった。今まで65歳であった支給開始を段階的に遅らせ、最終的に2029年に67歳にするというもので、興味深いのは、この年金改革に一番貢献したのが、労働者の党SPDであったということだ。
1998年、SPDのシュレーダー氏が、CDUのコール氏から首相の座を引き継いだとき、ドイツ経済は最悪の状況だった。統一の経済的打撃から全く立ち直っていなかっただけでなく、長年にわたる福祉の垂れ流しの悪影響もピークに達し、失業率は高く、不況から脱出する見込みさえ立っていなかった。
そこでSPDは、1998~2005年のシュレーダー政権時代、経済の立て直しを図るため、労働者の党とは思えないほどの福祉の切り捨て、企業の擁護を断行したのである。"アジェンダ2010"と言われる改革だ。年金支給開始年齢の引き上げも、この一環で進められた政策であった。
改革はそれなりに功を奏し、その後、政権を引き継いだCDUのメルケル首相の下、経済は徐々に立ち直り、以後のドイツは安定した成長の道を進んでいくのだが、現在、二つの大きな懸案があると私は見ている。
一つは急ぎ過ぎた脱原発のための莫大な出費で、もう一つが、これから決められようとしている年金63歳による莫大な出費だ。どちらも致命的とは言わないまでも、これからのドイツ経済発展の足を引っ張る重大問題だ。
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