伊勢うどん全国制覇への道 【第1回】世界はやわらかさを求めている!

一般的なうどんのイメージを大きく裏切る、伊勢うどんをご存知ですか? 現時点ではまだ決してメジャーとは言えない、この伊勢うどん。その存在をコラムニストの石原壮一郎さんによる全4回の短期集中連載は天下に知らしめ、魅力や背景を浮き彫りにしようとする壮大な試みです。第1回目は、伊勢うどんとは何かという基礎編です。どうぞご堪能ください。

「いらっしゃい。ソバ、讃岐、伊勢、どれにしますか?」「じゃあ、伊勢うどんで」「はい、キツネ一丁! 伊勢うどんで!」「あっ、ネギ多めでお願いします」—。

201×年、あるいは202×年、山手線の駅構内の立ち食い蕎麦屋さんでは、こんな会話が当たり前のようにかわされているかもしれません。いや、きっとかわされているはずです。

そして居酒屋に行けば、メニューの最後のほうの「締めの一品」に、お茶漬けや焼きおにぎりと並んで「伊勢うどん」があるのが当たり前になり、スーパーの麺売り場には(三重県伊勢市周辺のスーパーがそうであるように)何種類もの伊勢うどんの生麺や伊勢うどん用のタレが置かれている—。そんな世の中がやって来るに違いありません。

もしあなたが「伊勢うどんって何?」と思ったとしたら、それはとても幸せなことです。この先、自分の中のうどんの概念が打ち破られる愉悦を味わえるのですから。

「名前は聞いたことがあるけど、まだ食べたことがない」という方は、もっと幸せです。想像を超えたやさしいやわらかさが詰まった麺に驚き、見かけの真っ黒さから受ける印象を裏切る奥深い味わいのタレに魂を揺さぶられることができるのですから。

前置きを延々と続けてすいません。まずは伊勢うどんの堂々たる雄姿をご覧ください。ああ、なんておいしそうなんでしょう……。


全体をよくかき回してから食べます。麺とタレ、そしてネギが見事なハーモニーを……

伊勢うどんは、伊勢神宮のおひざ元の三重県伊勢地方で350~400年前に生まれました。極端に太くて衝撃的にやわらかい麺に、少量のタレをからめて食べます。

麺の太さは、店にもよりますが直径1cmほど。体感的には讃岐うどんの2~3倍、稲庭うどんの10倍ぐらいでしょうか。タレは「たまり醤油」をベースに、カツオやサバでとった濃いだし汁などをブレンドしたもの。見た目ほど辛くはなく、むしろ甘口と言っても過言ではありません。そこに関西風の青ネギを乗せ、好みで“一味”唐辛子をかけて食べるのがスタンダード。「七味やと余計な香りがうどんに混じるでなー。伊勢うどんはやっぱり一味やないとあかん」というのが伊勢における常識です。

もちろん「月見伊勢うどん」や「天ぷら伊勢うどん」もありますが、地元の人にとってそれらは「たまに気分を変えて食べるちょっと贅沢なメニュー」という感覚。シンプルなスタイルこそが伊勢うどんの本来の姿であり、頂点であるという考えが浸透しています。

江戸時代には、伊勢神宮への“おかげ参り”が大流行し、多い年には年間500万人もの人々が全国から伊勢に押し寄せたとか。東京ディズニーランドの入場者が年間250万人ぐらいですから、当時の伊勢のにぎわいぶりは常軌を逸していたと言っていいでしょう。そんな中で伊勢うどんも、長く歩いて疲れている旅人の胃にやさしいうどんとして深く愛され、名物として発展してきました。

もっともっと伊勢うどんの栄光と感動の歴史を語りたいところですが、キリがありません。過去はさておき、現在の伊勢うどん状況に目を向けてみましょう。

21世紀に入ってからの爆発的な讃岐うどんブームのおかげで、伊勢うどんはとんだとばっちりを受けます。たしかに讃岐うどんは文句なしにおいしいし、うどんの素晴らしさを全国的に知らしめてくれたことに対して、伊勢うどん派としても感謝こそすれ恨みや文句なんてまったくありません。

しかし、讃岐うどんによってうどんの魅力に目覚めた人たち—とくに東京あたりのうどん経験が浅かった人たちは、まるでヒナ鳥が最初に見たものを親と思うように「うどんはコシが命」という偏狭なうどん観を刷り込まれてしまいます。

テレビや雑誌などのメディアでも、制作スタッフや出演者がもっともらしくうどんを語るために「ツルツル」や「シコシコ」という形容詞を便利に乱発。やがて日本全体に大きな“勘違い”が定着していきました。

そんな風潮の中で、伊勢うどんに対するいわれなき迫害が始まります。コシがないというだけで、本来のおいしさを味わう前に「こんなのはうどんじゃない」と存在を頭ごなしに否定される……。己の半端なうどん知識をひけらかすために「うどん好きの俺としては、伊勢うどんは認めるわけにはいかない」と、ドヤ顔でわかったふうな口を利かれる……。

ああ、なぜ太くてやわらかくて、わかりやすい意味でのコシがないというだけで、こんな屈辱的な扱いをされなければならないのでしょう。なぜ、ダメなうどん、邪道のうどんのような言われ方をされなければならないのでしょう。

重ねて言いますが、讃岐うどんをはじめとするコシ強調系うどんのみなさんには何の罪もありません。メディアだって、うどんの魅力をわかりやすく伝えようとしただけだし、何よりメディアがブームを作ってくれたおかげで、うどんがこんなにメジャーな食べ物になりました。そして「コシ信仰」や「ツルツルシコシコ主義」に洗脳されて伊勢うどんを否定する人たちも、いわば気の毒な被害者です。不幸な巡り合わせでまだ伊勢うどんの魅力に気づいていないだけで、ともにうどんを愛する仲間です。

申し遅れました。私、コラムニストの石原壮一郎と申します。伊勢うどんの聖地である三重県伊勢市の隣にある松阪市出身で、子どものころから伊勢うどんのやさしいおいしさに包まれ、シンプルだけど貫録たっぷりの佇まいに畏敬の念を抱いてきました。

「大人」をテーマに20年近く活動していますが、コシをなくすことで食べる人をやさしい気持ちにさせる伊勢うどんは、まさに“大人のうどん”に他なりません。やわらかさを通じて大人の何たるかを教えてくれた恩義に報いるべく、理不尽な迫害に蟷螂の斧で立ち向かうべく、ここ7、8年、雑誌や新聞やネットなどで折に触れて伊勢うどんの魅力を訴えてきました(たとえば、2005年の愛知万博に連動したエキサイトの「ミエ派のための三重講座」とか、最近ではトリップランナーのインタビューとか)。

ところで、このところの日本はどんどん世知辛く、ギスギスした雰囲気になってきたと感じるのは私だけでしょうか。人と人とのつながりや信頼関係は薄れ、他人の失敗を許すことよりアラを探して非難することにエネルギーを注ぎ、常に周囲の目や場の空気を気にしてビクビクしながら生きています。

これ以上、そんな風潮が強まっていったら、生きづらくて仕方ありません。どこかで歯止めをかけなければなりません。しかし、誰もが漠然と「どうにかしたい」「どうにかしなければ」と思いながら、どうしていいのかわからず途方に暮れています。

そこで注目したいのが「伊勢うどん」です。多くの人が伊勢うどんのやさしいおいしさを知り、コシがないことが魅力や長所になるんだと体感することで、ひとりひとりの意識が変わり、人に対してやさしく寛大になれるかもしれません。うどんの価値はコシだけじゃないんだと気づくことで、多様な価値観を受け入れ、おためごかしではなく心の底から「みんな違って、みんないい」と思えるかもしれません。

そう、伊勢うどんが全国制覇を成し遂げ、みんなが当たり前のように伊勢うどんを食べるようになれば、世知辛くてギスギスした世の中が太くやわらかい何かでふわっと包み込まれて、私たちも日本も、そして世界も大きく変わることでしょう。

そんな壮大な思いを胸の奥に秘めつつ、まずはともかく伊勢うどんの魅力をもっと多くの人に知ってほしいと願って、この夏にフェイスブック上で「伊勢うどん友の会」を立ち上げました。さまざまな伊勢うどん情報を発信し、全国の伊勢うどんファンから熱い声援や貴重な情報をいただいています。


伊勢神宮・内宮前のおはらい町にて。このノボリが全国各地で見られる日も近い!?

この短期集中連載のお話をいただく前から、伊勢やら東京やら、あちこちで自主的な取材活動を重ねてきました。お話をいただいてからは、さらに張り切って、何度かの現地取材を(勝手に)敢行。地元で定評がある伊勢うどん屋さん、伊勢うどんの製麺会社、三重県庁、伊勢市観光協会、伊勢のタウン誌、いろんな形で伊勢うどんを応援している人たちにお話を伺い、伊勢うどんの歴史、現状、そして未来のあり方を徹底的に探りました。

この連載は全4回の予定で、次回以降は伊勢うどんを支える地元の声や今後の意気込み、東京など伊勢以外の地における伊勢うどん事情、メディアでの伊勢うどんの扱いの変遷などに着目。そして、全国制覇に向けて伊勢うどんには何が求められているのか、何が必要なのかを探っていければと思っています。

全国の伊勢うどんファンのみなさん、これから伊勢うどんファンになるみなさん、よかったらやわらかくご期待ください。新しいうどん、新しい自分に出会うために。

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石原壮一郎

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