第8章 本当の自由とは何なのか Vol.2 ”くそまじめな精神”を捨てる

空気なんて読まなくていい。人に嫌われてもいい。友だちなんていらない。そんな「覚悟」が人生を変えてくれる――容姿や能力に自信が持てず、他人の目ばかりを気にしていたぼくが、なぜ「今」勇気を持てているのか? 何者でもないのに、何者をも恐れなくなったプロブロガーの仕事術を公開する本『なぜ僕は「炎上」を恐れないのか』が2月18日発売決定! 臆病だったぼくにもできた。だから、あなたに「今」その勇気がないのは、絶対にあなたのせいじゃないんだ ――。全原稿を月・木の週2回で連載。

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『シンドラーのリスト』が描いた自由

 もう一例。1993年、スティーブン・スピルバーグが監督を務めた『シンドラーのリスト』という映画があります。

 この映画の主人公オスカー・シンドラーは、メーレン(当時のオーストリア領、現在チェコ領)生まれの、実在するドイツ人実業家です。1939年9月、ドイツ軍によりポーランドが占領され、舞台となったクラクフの街もドイツ軍の占領下に置かれました。彼は、当初、クラクフの街で一山当てようとほうろうの容器工場経営をはじめます。
 事態が一転したのは、クラクフの強制収容所に、ドイツ軍から、残虐な少尉が派遣されてきてからです。その少尉は、ユダヤ人を次々と虐殺しはじめたのです。
 シンドラーはこの時、あるリストの作成を決意します。それこそが、まさに映画のタイトルになったリストです。
 ソビエト連邦の侵攻により、ユダヤ人収容施設の解体を余儀なくされ、ここにいた2万人以上のユダヤ人が絶滅収容所に移送されることになっていきます。そのとき、彼は立ち上がり、移送予定のユダヤ人を「労働力」として軍事工場に懸命に送りこんだのです。
 このとき、軍事工場に送られたことで絶滅収容所行きを免れたのは、彼がリストに登録していた子どもや大学生でした。
 総勢で800人以上が収容を免れました。そのうち700人がユダヤ人で、300人が女性でした。彼は、終戦までに、1100人以上のユダヤ人の命を救ったのです。
 このとき、オスカー・シンドラーがとった行動は、当時のドイツでは厳罰に値するほどの違法行為だったでしょう。でも、誰が、この行動を咎められるというのでしょうか。
 1945年5月8日、シンドラーに救われたユダヤ人たちから、彼に一つの指輪が贈られました。オスカー・シンドラーへの感謝のしるしに、彼らが唯一持っていた本物の金歯から作られた指輪でした。この贈り物の指輪には、「一人の人間を救う者は世界を救う」という言葉が刻まれていました。

法律=善悪感覚の後づけ

 本当に自由な人間とは、わかりやすくいえば、「法律で悪いと決められていても、自分が善いと考えるなら、それを厭わず実行できる人間」だということができます。
 こういうことを語ると、短絡的な人たちから「イケダハヤトは無政府主義者だ!」と見られてしまうことがあります。

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