(第71回の続き)
$$ \newcommand{\UP}{\mathbin{\uparrow}} \newcommand{\UPUP}{\mathbin{\uparrow\uparrow}} \newcommand{\UPUPUP}{\mathbin{\uparrow\uparrow\uparrow}} \newcommand{\UPDOTUP}{\mathbin{\uparrow\cdots\uparrow}} \newcommand{\UPUPDOTUP}{\mathbin{\uparrow\uparrow\cdots\uparrow}} \newcommand{\UPDOTUPX}{\mathbin{\underbrace{\uparrow\cdots\uparrow}_{\text{ $k-1$ 個}}}} $$
ダイニングで
$$ 10^{21} \qquad 10^{22} $$
ユーリ「これなら $10^{21}$ より $10^{22}$ のほうが大きいってすぐにわかるね」
僕「ね、だから、すごく《大きな数》を扱うときには、《指数を使った表現》はとても便利だってことがわかるだろ」
ユーリ「それはそーみたいだけど……ひっかかるにゃ」
僕「何が?」
ユーリ「確かに、 $1000000000000000000000$ みたいに $0$ が《繰り返し》出てくるような数だったら、 $10^{21}$ って短く書けるからいいけど、そんな数ばっかりじゃないじゃん!」
僕「うん、それはそうか。ユーリの言うのも正しいな。 $10^{21}$ は $\underbrace{10 \times 10 \times \cdots \times 10}_{\text{$ 10 $が$ 21 $個}}$ という形をしているから、 大きな数でも短く表せると」
ユーリ「そゆこと。何かを繰り返して作った数ならいーんだけど……あ!」
僕「なに?」
ユーリ「お兄ちゃん。ユーリ、おもしろいこと思いついた!」
僕「?」
冪乗の繰り返し
ユーリ「あのね、何回もやったら大きくなるんだから、何乗だともっと大きくなるよね!」
僕「え、どういう意味?」
ユーリ「だってそーでしょ? 何倍よりも何乗のほうが大きいもん!」
僕「いや、ユーリが言ってることの意味がわからないんだよ」
ユーリ「えー! 何でわかんないの! いまその話、してたばっかりじゃん」
僕「いましてた話って? いま話してたのはこういうことだろ?」
$$ \underbrace{10 \times 10 \times \cdots \times 10}_{\text{ $10$ が $21$ 個}} $$
ユーリ「うん。これは $10$ を何個も使って掛け算したわけじゃん?」
僕「そうだね。 $21$ 個使って掛け算して、冪乗を作った」
ユーリ「だったらさ、 $10$ を何個も使ってべきじょうしたら、すっごく大きな数になるよね! こんな感じ!」
$$ \underbrace{10^{10^{10^{\,\cdot\,^{\,\cdot\,^{\,\cdot\,^{10}}}}}}}_{\text{ $10$ が $21$ 個}} $$
僕「お!」
ユーリ「ね、これってスーパー大きな数になるよね!」
僕「これは……すごいな」
ユーリ「すごい? ねーすごい?」
僕「ユーリ。いまユーリが思いついたこの話、村木先生から聞いたことがある」
ユーリ「へ? そなの? ゆーめーな話?」
僕「有名というほどでもないと思うけど、そういうことを考えた数学者がいたんだね」
ユーリ「そっか……なーんだ」
僕「いや、でも、ユーリの思いつきはすごいと思うよ。冪乗っていうのは、掛け算つまり乗算の繰り返しだ」
ユーリ「うん」
僕「《乗算の繰り返し》に意味があるんだったら、冪乗を繰り返した演算を考えたらどうなるか。《冪乗の繰り返し》ということだね」
ユーリ「そーそー、そー思ったんだよ。ユーリは」
僕「ユーリはそれを一人で気付いた。それはすごいことだよ。お兄ちゃんは気付かなかった。村木先生に言われたとき、ああ、それは確かに《概念の自然な拡張》だと思ったけど」
ユーリ「なにその《がいねんのしぜんなかくちょー》って」
僕「いま言ったことだよ。冪乗という数学の概念……ここでは計算方法というか、数の作り方になるけど……それを《乗算の繰り返し》だと考えた。 そしてそこから、新しい概念《冪乗の繰り返し》を考えようとした。 これは《概念の自然な拡張》になる」
ユーリ「ふーん。そんで、その《冪乗の繰り返し》はなんてゆーの?」
僕「名前のこと? テトレーションだよ」
テトレーション
ユーリ「テトラさん?」
僕「ちがうちがう。テトラちゃんじゃなくて、テトレーション。乗算を繰り返して作る演算……つまり冪乗のことはエクスポーネンシエーションっていって、 冪乗を繰り返して作る演算はテトレーションっていうんだ」
ユーリ「へー」
僕「ギリシア語の接頭辞はモノ(1)→ジ(2)→トリ(3)→テトラ(4)という順番。加算→乗算→冪乗→テトレーションという順番で $4$ 番目という意味で、 グッドシュタインという数学者がテトレーションと名前を付けた」
ユーリ「てとれーしょん……」
テトレーション
僕「整理しようか。まずこれが冪乗。エクスポーネンシエーション」
$$ a^{n} = \underbrace{a \times a \times a \times \cdots \times a}_{\text{ $n$ 個の $a$ }} $$
ユーリ「ふんふん。 $n$ 個の $a$ を掛け算するんだね」
僕「そうだね。そしてこれがテトレーション」
$$ {}^na = \underbrace{a^{a^{a^{\cdot^{\cdot^{\cdot^{a}}}}}}}_{\text{ $n$ 個の $a$ }} $$
ユーリ「うわなにこの変な書き方。 $a$ の左上に $n$ が来てる」
$$ {}^na $$
僕「うん。これはグッドシュタインの書き方らしいよ。物理学だと質量数に見えるけど、もちろんそれは無関係」
ユーリ「えっと、じゃさっそく ${}^{21}{10}$ を計算しよ!」
僕「ちょっと待ってユーリ。それは巨大過ぎるから、まずは小さな数で試してみようよ。こんなのはどうだろう」
次の数を計算しよう。
$$ {}^{3}{2} $$
ユーリ「こんなのカンタンだよー。だって、えーと、 $2$ を $3$ 個使うんでしょ? てことは、 $2$ を $2$ 乗して、それをまた $2$ 乗すればいーね!」
$$ {}^{3}{2} = 2^{2^2} = \left(2^{2}\right)^{2} \qquad \text{(?)} $$
僕「そう考えたくなるけど、ちょっと違うんだよ、ユーリ。冪乗の繰り返しのときは、上から先に……指数の方から先に計算するんだ。だから、《 $2$ を $2$ 乗して、それを $2$ 乗する》んじゃなくて、 《 $2$ を〈 $2$ の $2$ 乗〉乗》するのが正しい」
ユーリ「うわややこしー!ニを、ニのニジョウジョウするの?」
僕「〈 $2$ の $2$ 乗〉は $4$ 乗のことだから、さっきの ${}^{3}{2}$ はこう計算する」
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の女子高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わってください。本シリーズはすでに何冊も書籍化されている人気連載です。 (毎週金曜日更新)