20歳の地図—都の西北、バカ田の隣り 前編

先日『笑っていいとも!』が最終回を迎え、改めて注目が集まった司会のタモリ。国民的タレントでありながら、知ってるようで知らない、謎多き男・タモリの足跡を振り返るノンフィクションです。「20歳の地図」編では早大への進学以降のタモリを追います。1945年生まれのタモリですが、同じ年には数々の有名人が生まれています。そんな「同級生」たちとタモリの人生は、あらゆる場所で交差していました。

終戦直後に生まれ古希を迎えた稀代の司会者の半生と、 敗戦から70年が経過した日本。
双方を重ね合わせることで、 あらためて戦後ニッポンの歩みを 検証・考察した、新感覚現代史!
まったくあたらしいタモリ本! タモリとは「日本の戦後」そのものだった!

タモリと戦後ニッポン(講談社現代新書)

オリンピックに復興と破壊を見出す

NHK総合で放送されていた番組『ブラタモリ』で、タモリが国立霞ヶ丘競技場を訪ね、聖火台を間近に眺めるという場面があった(2012年3月29日放送分)。この聖火台はいうまでもなく、1964年の東京オリンピックで使われたもの。タモリがその前に立つのを見て、レコードアルバム『タモリ3』(1981年)に収録された、東京オリンピック開会式の“実況中継”を思い出した。


タモリ3-戦後日本歌謡史-(1981)
(著作権の問題があり新星堂チェーンのみで販売。現在は絶版)

『タモリ3』は「戦後日本歌謡史」というサブタイトルが示すとおり、戦後史を歌謡曲でつづるという体裁で、各時代のできごとやヒット曲をパロディにしたものだ。レコードなのでA面とB面があり、東京オリンピックはA面のラストに出てくる。もっとも、タモリの演じることだから、ただで済むわけがない。選手の入場行進、さらに聖火ランナーが聖火台まで階段を駆けのぼるところまでは順調に進行するものの、聖火がついたとたん、火が強すぎて競技場全体に燃え広がってしまう。その模様を、アナウンサーに扮したタモリは次のように伝える。

大惨事! ごらんください! 真っ赤に燃えあがるこの国立競技場から放送する楽しみを、私たちは、何日待ったことでしょうか。ようやくここまでこぎつけた日本の経済復興、その頂点といえる国立スタジアムが、いままさに焼け落ちよう……焼け落ちました! 完全に、焼け落ちました。また戦後の焼け跡から、一から出直さなくてはいけませんようになりました。みなさんとともに、がんばりたいと思います。

ここから読み取るべきメッセージは、「破壊からの復興は、新たな破壊の始まり」とでもなるだろうか。同様のことは、大友克洋の長編マンガ『AKIRA』にもいえる。第二次世界大戦の終結から37年後の1982年に雑誌連載の始まった同作では、冒頭で第三次大戦が勃発、舞台はさらに37年後、翌年にオリンピック開催を控えた東京(ネオ東京)へと飛ぶ。だが、オリンピックを前に東京はふたたび灰燼に帰す。

はからずも『AKIRA』の設定どおり、2020年に東京での開催が決まったオリンピックは、震災復興を謳い文句のひとつに掲げているが、くだんのメッセージを適用するなら……これ以上書くのは怖いからよそう。

さて、タモリのレコードでは東京オリンピックの聖火リレー最終走者は「サカイマサアキ君」とアナウンスされていたが、もちろん現実のオリンピックで、ザ・スパイダースのボーカルだった堺正章が聖火を点火したはずもない。実際にその役を担ったのはサカイはサカイでも、坂井義則という当時19歳の早稲田大学の学生だった。

ちなみに堺正章の生年月日は1946年8月6日。坂井義則のほうはそのちょうど1年前の同日、つまり広島に原爆が投下された当日に広島で生まれている。平和の祭典とされるオリンピック、しかも日本の戦後復興をアピールするべく開催された東京大会で、坂井が大役に抜擢された決め手が、誕生日と出身地にあったことは間違いない。ただし、彼が生まれたのは広島市内ではなく、爆心地から約70キロ離れた、広島県北部の山あいに位置する三次みよし市であったのだが。

坂井は早稲田大学を1968年に卒業したのちフジテレビに入社、スポーツ・報道畑を歩んだ。終戦の1週間後に生まれたタモリと単に同い年というだけでなく、出身大学も同じで、また職歴からいっても意外とタモリと近いところにいたことになる。

もっとも東京オリンピック開催当時、タモリはまだ大学には進学していない。福岡県立筑紫丘高校を卒業したものの、大学受験に失敗して浪人生活を送っていたからだ。

同い年に小百合・マーリー・おすぎとピーコ

タモリは一浪の末、1965年春に早稲田大学の第二文学部哲学科に入学する。ちょうど同年、同じく第二文学部の西洋史学科に入学したのが女優の吉永小百合である。すでに押しも押されもせぬ映画スターであった吉永は、両親や専属契約していた映画会社の反対を押し切り大学に進んだのだった。

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この連載がついに書籍化!「森田一義」はいかにして「タモリ」になったのか。関係者への追加取材や大幅加筆でその足跡をさらに浮き彫りにします!

この連載について

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タモリの地図—森田一義と歩く戦後史

近藤正高

2014年3月31日、『笑っていいとも!』が32年間の歴史に幕を下ろしました。約32年間、毎日テレビに出続け今や国民的タレントになったタモリ。そんな「昼の顔」だけでなく、アングラ芸で身を起こし、深夜番組『タモリ倶楽部』で披露する「夜の...もっと読む

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t_take_uchi ブライアンフェリー・・roxymusic 約4年前 replyretweetfavorite

donkou 文中に出てくる東急車輛製造の碑文谷工場は、現在はゴルフ練習場に。客には芸能人も多いとか。https://t.co/HcKOg8w76p 約4年前 replyretweetfavorite

donkou おかげさまでご好評の連載は第2章に入りました。東京五輪の聖火リレー最終走者とタモリの共通点とは!? 約4年前 replyretweetfavorite