第7章 「社会人」って言葉、気持ち悪くないですか? Vol.3 イケダハヤトと仏陀の教え

空気なんて読まなくていい。人に嫌われてもいい。友だちなんていらない。そんな「覚悟」が人生を変えてくれる――容姿や能力に自信が持てず、他人の目ばかりを気にしていたぼくが、なぜ「今」勇気を持てているのか? 何者でもないのに、何者をも恐れなくなったプロブロガーの仕事術を公開する本『なぜ僕は「炎上」を恐れないのか』が2月18日発売決定! 臆病だったぼくにもできた。だから、あなたに「今」その勇気がないのは、絶対にあなたのせいじゃないんだ ――。全原稿を月・木の週2回で連載。

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そしてトレーニングデイズは続く

 さてここまで様々な「思考回路」についてお話してきました。最後にお伝えしたい秘伝の回路が、「炎上に直面することは、我執を棄てる修行になる」というものです。これはちょっと、直感的にはわかっていただけない、ひときわ変な考え方かもしれません。
 あれは2013年の春くらいだったと思います、ツイッターを自分の名前で検索していると、いつものように「イケダハヤトはバカだ」といった誹謗中傷を発見しました。
 この手の批判には慣れているとはいえ、やはり精神状態によってはイラッとくるものです。このときも心が浮ついていたのか、一瞬イラッとしてしまったので、水をグイッと飲んで怒りを流しこみました。
 いつもはそこで終わりなのですが、そのときたまたま読んでいた初期仏教の伝道師、アルボムッレ・スマナサーラ長老の『ブッダはなぜ心を重視するのか』(サンガ選書)という、仏教の解説書に次のような記述を発見したのです。

 「我執を棄てること。我執が苦しみの原因である」

 ざっくり解釈すれば、怒りや苦しみ、悲しみを感じるのは、極論すれば「自分が好きだから」です。自分に対する特別な視点をもっているから、ぼくらは怒ったり悲しんだりしてしまうのです。
 ぼくらは(ぼくらではない他の)誰かがバカにされていても、そのこと自体に傷つくことは滅多にありませんよね。しかし、自分自身がちょっとでもバカにされると、大きく傷つき、動揺します。それは、ぼくらが自分に対するこだわり=我執を持っているからです。我執を捨て去ることができれば、バカにされようと何だろうと、心が揺らぐことはなくなると考えることができる。……ということを学んだので、早速実践です。ツイッター検索を再開すると、すぐに「イケダハヤトは嫌いだから絶対読まないwww」といった書きこみを認めました。

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イケダハヤト

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