おかげさまで大きな反響が集まっている単行本『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』。
二〇〇七年に始まった初音ミクとボーカロイドのムーブメントを「サード・サマー・オブ・ラブ」と位置づけます。そして、二一世紀に生まれた新しい文化を音楽史の中にきちんと位置づけ、インターネットを舞台に生まれた「新しいクリエイティブのルール」について、実例を元に解き明かすようなものを目指してこの本は書き上げました。
というわけで、本書のダイジェストを解説しながら、その中で取り上げたたくさんの楽曲を紹介していきます。
六〇年代から〇〇年代中盤にかけての「初音ミク前夜」を追っていった前半に続き、今回は二〇〇七年から数年間にかけてのボーカロイドシーンの動きを振り返っていきます。
第五章 「現象」は何故生まれたか
× ika-mo
× OSTER project
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二〇〇七年の「運命的なタイミング」 126, 仕掛け人は誰もいなかった 133, 「このビッグバンが、次の時代へのリファレンスになる」 138
「本当に奇跡に近い話だったと思います。今から振り返ると、あまりに出来過ぎだったという感じもしますね」
ボーカロイドの開発を担当した剣持秀紀氏は、初音ミクが発売された二〇〇七年夏というタイミングをこう振り返っています。ボーカロイドに携わる人に話を訊いていく中で、様々な人が口を揃えて語ったのが、二〇〇七年という年の持つ意味の大きさでした。二〇〇六年十二月にニコニコ動画が誕生し、ユーザーが動画にツッコミを入れながら楽しむような文化が盛り上がりを見せていた中、二〇〇七年の夏に初音ミクが登場。最初に盛り上がったのは、ネギを振って踊るコミカルでユーモラスな動画。そして「電子の歌姫」が歌うキャラクターソングの数々でした。
なかでも代表曲として脚光を浴びたのが、ika-moによる「みくみくにしてあげる♪【してやんよ】」。
《ika-mo「みくみくにしてあげる♪【してやんよ】」》
ニコニコ動画:みくみくにしてあげる♪【してやんよ】/ika-mo
そして、OSTER projectが投稿した「恋スルVOC@LOID」。
《OSTER project「恋スルVOC@LOID」》
ニコニコ動画:恋スルVOC@LOID/OSTER project
キラキラしたシンセポップの曲調に、パッケージのイラストの一枚絵を用いた動画がこの頃の主流。「科学の限界を超えて私は来たんだよ」(みくみくにしてあげる♪【してやんよ】)、「私があなたのもとに来た日を どうかどうか忘れないでいて欲しいよ」(恋スルVOC@LOID)と、ミクがボカロPに語りかけるような歌詞の言葉が人気爆発のきっかけになりました。
第六章 電子の歌姫に「自我」が芽生えたとき
× ryo
× BOOM BOOM SATELLITES
× halyosy
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キャラクターからクリエイターへ 148, 「メルト」が変えた風景 152, ルーツにあった「強度」 156, 「歌ってみた」とエレックレコード161
そして二〇〇八年。この年は、前年の初音ミクの登場で生まれたボーカロイド文化が一気に成長し、拡大した年になりました。
代表的な楽曲はryoが投稿した「メルト」。この曲はその後一年間で三〇〇万回再生される大ヒットとなり、彼を中心にイラストレーターやデザイナーが集ったクリエイター集団「supercell」が結成。初音ミクが生み出した創作の連鎖を象徴するような一曲になります。
《ryo「メルト」》
ニコニコ動画:メルト/ryo
そんなryoが最も影響を受けたアーティストが、一九九七年にデビューしたロックユニットBOOM BOOM SATELLITESでした。この本の中では、筆者が行ったBOOM BOOM SATELLITES × supercell対談の記事を元に、そのアーティスト性の背景を探ります。
《BOOM BOOM SATELLITES「KICK IT OUT」》
そして、「メルト」のもう一つの大きな意味は、ニコニコ動画に生まれたもう一つの文化「歌ってみた」の端緒になったことでした。その一翼を担ったのが歌い手・ボカロPのhalyosyです。
《halyosy『「メルト」を歌ってみた(男性キー上げVer.)』》
ニコニコ動画:「メルト」を歌ってみた(男性キー上げVer.)/halyosy
吉田拓郎や泉谷しげるを輩出し、七〇年代のフォーク文化を支えた「エレックレコード」とhalyosyの数奇なつながりも、この章では書かれています。
第七章 拡大する「遊び」が音楽産業を変えた
× ハチ
× wowaka
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ヒットチャートを侵食する新たな波 166, カラオケと著作権の新しい関係 173, 三次元に舞い降りた歌姫 181
こうして、ニコニコ動画や同人イベントを拠点に拡大してきたボーカロイド文化は、二〇〇九年から二〇一〇年に一つのターニングポイントを迎えることになります。それは本格的なJポップシーンへの進出と、商業化への流れでした。
その端緒となったのが、前章で書いたsupercellと、やはり初期の代表的なクリエイターlivetune。いち早くメジャーデビューを果たした彼らに続く形で、次々と新たな才能がシーンに登場します。
代表的なクリエイターが、いまは本名の米津玄師として活躍するハチや、その後バンド「ヒトリエ」を結成したwowaka。フックの強いフレーズと高速のリズムが特徴のロックな曲調が大きな人気を博していきます。
《wowaka「ワールズエンド・ダンスホール」》
ニコニコ動画:ワールズエンド・ダンスホール」/wowaka
この頃からライヴイベントが行われるようになったり、カラオケで歌われるようになったり、ボカロPにとっても、ネット上での楽曲の自由な利用を制限することなく、それまでのミュージシャンと同じように、クリエイターとして「音楽の道で食っていく」イメージが描けるようになっていきます。二〇一〇年には、カラオケJOYSOUNDの年間総合ランキングの上位一〇曲のうち四曲をボーカロイド楽曲が席巻。minato(流星P)の「magnet」は四位に入る人気となりました。
第八章 インターネットアンセムの誕生
× livetune
× ryo(supercell)
× イーグルス
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「世の中が動くかもしれない」 188, 初音ミクがウェブの「日本代表」に 194, 「ヘイル・トゥ・インターネット」 198, 二〇一二年の「ホテル・カリフォルニア」204
二〇一一年は、初音ミクが生み出した現象が、一つのピークポイントに達した年でした。それまでニコニコ動画を中心としたネットコミュニティの外側にはなかなか伝わらなかったボーカロイドシーンの熱気が、いよいよ世の中全体を動かし始めるようになります。その象徴となったのが、グーグル「chrome」のCMに初音ミクが起用されたこと。その楽曲「tell your world」を手掛けたのが、シーンの初期から活躍するクリエイターkzによるユニットlivetuneでした。CMを手掛けたクリエイター本山敬一氏の狙い、そして“インターネット・アンセム”として楽曲を作ったkzの思いを紐解きます。
《livetune feat. 初音ミク 「Tell Your World」》
また、この曲に対してのアンサーソングとして、ryo(supercell)が、もう一つのアンセムを生み出します。
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