タイム・アタック」第2回 — 黙って早歩きするべきだ

「今日の俺は全部の過去の俺を突き放して一番にならなくてはならない」
毎朝の通勤に、速さという美学を持ち込むとどうなるのでしょう? 一挙一動に至るまで速さを追求しながら、何度も歩いた通勤路を駆け抜ける男の物語です。

Twitterのフォロワー6万以上、日々トガったツイートで人々を魅了する鬼才、ダ・ヴィンチ・恐山。ウェブの世界を飛び出して大喜利やマンガでも活躍 する彼が、品田 遊(しなだ・ゆう)として、初の小説連載をcakesで開始しました。(連載をまとめた単行本はリトル・モア社から刊行予定)

 小学生男子の価値観では、給食を誰よりも早く食べ終えるのはカッコよく、正義だった。しかし同時に、それを言っちゃうのは野暮で、悪ですらあった。みんながそれを直感的に理解していたはずなのだ。口に出すことで失われる価値—粋という概念が、給食早食いには極めて幼稚かつ高度に宿っている。

 あの小学生にもその誇りが受け継がれていると良い。俺はそう思って、さらに歩くテンポを上げた。バーイセコ。バーイセコ。バーイセコ。けして走ってはいけない。だって、走るなんてダサいじゃないか。

 ギネス記録に挑戦している人はダサい。すごいけど、すごさを遥かに凌ぐ勢いでダサい。同じように、F1ドライバーも、競馬の騎手も、オリンピック選手も、本当はみんな途方もなくダサいのだ。彼らが讃えられるのは、彼らの必死な姿勢の中に、何者にも構わず走る子供の姿を見出しているからではないのか。

 だからこそ、大人は走ってはいけない。

 一番になりたいなら、一番になりたいからこそ、黙って早歩きするべきだ。

03:21.42

 駅が近い。人通りも多くなってきたのが分かる。

 今のところ、ゴーストに追い抜かれそうな気配はない。つまり、現時点での最速タイムを更新しているということだ。駅までのルートにおいて、横断歩道を渡らなくてはいけないタイミングは二度ある。その、一つ目の横断歩道が前方に迫っていた。

 出勤とマラソンの違いは二つある。まず一つに、出勤ルートには信号機があるが、マラソンにはないこと。もう一つに、マラソンは疲労の果てにゴールが待っているが、出勤はゴールしてからが果てしない疲労の始まりだということだ。まあとにかく、この信号機というものが厄介だ。赤信号に長々と足止めされれば下位に転落することもありうる。

 俺は横断歩道の向こうに焦点を合わせた。

 信号の色は—青。

 今日は運が良かった。歩道を渡ったのち、ちらりと背後を見やる。運悪く赤信号と鉢合わせた過去の俺のゴーストたちが重なりあって立ち尽くしているのが見えた。

06:12.51

 駅まで、直線距離にして約百メートル。このまま行けば自己ベスト更新はまず間違いないだろう。しかし気を緩めるわけには行かない。最後の横断歩道が待ち構えている。そこにそびえる信号機の色次第で、俺の明暗が分けられるといって良い。

 角を曲がれば横断歩道はわずか二十メートルほど先だ。なるべく軌跡が直角を描くように曲がってから、視線の先に見える光の色に目を凝らした。

 青い。

 俺の目が間違っていなければ、確かに歩行者用信号機は燦々と青く輝いている。いける。このまま行けば、ベストタイムを十秒以上更新することができる。

 そう直感して足を踏み出した瞬間、恐れていたことが起こった。青い光が明滅し始めたのだ。

「クソ」

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品田 遊

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コメント

Leukosaphir "「 タイム・アタック」第2回 —— 黙って早歩きするべきだ" https://t.co/kyLZRZzkpq Bicycle RaceってBlümchenのカバーでしか知らなかったんだけどQueenのネタだったんですね 4年弱前 replyretweetfavorite

PlainBiscuit なんかスクライドのストレイト・クーガー思い出した。 4年弱前 replyretweetfavorite