タイム・アタック」第1回 — いわゆる三角食べは女々しい行為とされていた

なぜか100m走のタイムが勲章だった、あの頃…… 毎日の通勤でも小学生時代の憧れを忘れない男は、早朝から無数の過去と競争を始めるのでした。
Twitterのフォロワー6万以上、日々トガったツイートで人々を魅了する鬼才、ダ・ヴィンチ・恐山。ウェブの世界を飛び出して大喜利やマンガでも活躍 する彼が、品田 遊(しなだ・ゆう)として、初の小説連載をcakesで開始しました。(連載をまとめた単行本はリトル・モア社から刊行予定)

 子供は馬鹿なので給食をむやみに早く食う。

 俺も多くの子供と同様に馬鹿な子供で、悪いことに男子だったので、給食を早く食うためにあらゆる努力をしていた。正午を少し過ぎた教室。立たされた日直が妙な抑揚で「いただきます」と言う。これが男子どもにとっては試合開始のゴングであった。まず牛乳を飲み干す。これは五秒以内に完了せねばならない。勢いよく飲み干そうとすると空気の固まりも一緒に飲んでしまい、肺を内側から殴られたような苦しみを味わうことになる。

 牛乳瓶を空にしたあとは一度周囲を見回す。同級生のスタートダッシュの具合を確かめるためだ。イチムラはもう白菜の和え物に手を付けている。サワダはまだ八分目というところか。シガは前の女子に話しかけられてリズムを崩している。以上をひと目で確認し、次の手を練る。その時間、わずか0.5秒。

 いわゆる三角食べは女々しい行為とされていた。「給食だより七月号」にはその有用性が長々と述べられていたが、誰もが一瞥して机の奥に突っ込んでいた。漬け物を食べ終えたら次はメルルーサの唐揚げを貪る。それがどんな魚のどの部分かは知らなかった。しかしともかく味は良かったのだ。そういえば、今でもその魚の姿を知らない。あの美味が逆にメルルーサという得体の知れない生き物のミステリアスさを引き立てていたようにも思える。

 口に含んだら、噛む数は最低限に抑え、飲み込む。「給食だより四月号」では一口あたり三十回噛むことが奨励されていたが、それもまた女々しい行為であった。収集車の後部に放り込まれたゴミ袋が鉄製の回るオールに押しつぶされ、変形して、奥に消えていく。そんなふうに、おかずを口の中に押し込んだ。

 本来なら飲み物で押し流すほうが効率的ではある。しかし、なぜか学校給食は子供に牛乳を飲ませることを不文律としており、それは和食とて例外ではない。白米を口に押し込んだあとに流れ込む牛乳の臭気、不快感は筆舌に尽くしがたく、パン食がメインとなる少数の場合を除いて「牛乳おかず流し込み法」はデメリットのほうが大きかった。

 試合開始のゴングが日直の「いただきます」であるならば、一着が切るゴールテープに相当するのが配膳台にトレイを戻すときに響く、乾いた音である。けんちん汁をすすり、もやし炒めを頬張っているとき、耳に届くカランという音。それこそが己の敗北を告げる鐘だ。顔を上げ、配膳台の方を見ると、食事を終えたヒサダヨシオ(仮名)が黙々と食器類を片付け、悠々と席に戻る姿が目に入る。そのゆったりとした足取りには勝者の余裕が感じられたものだ。

 当然、女子たちはそれをアホを見る目で眺めている。

 すべての男は「はやさ」に憧れる。仕事の早さ。食べる早さ。決断の早さ。頭の回転の速さ。CPUの速さ。中でもとりわけ原初的で魅惑的なのが「足の速さ」だ。人間が最初にした競争は駆けっこだったに違いない。前を進むものを抜き去り、背後の風景としてゆく快感は、麻薬的ですらある。より速く、誰よりも速く。人間のそんな欲望が記録を作り、技術を磨いてきたのだ。

 俺もまた、スピードに取り憑かれた男のひとりだ。

 と言っても、短距離走やマラソンは一切やらない。改造エンジンを搭載したスーパーカーで峠を攻めたりもしない。6秒でルービックキューブを全面揃えたこともない。ただの会社員である。

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品田 遊

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kongumi クロベエ 約4年前 replyretweetfavorite