学生証を何度も何度も取り出しては見つめ、またしまっては取り出す。東京大学、の文字とともに、自分の顔写真と名前が載っているのが、はめこみ合成みたいに感じた。
東大生になったんだ。何度自分に言い聞かせてみても、違和感があった。でもそれがなんだか少し心地よくて、この違和感がずっと消えなければいいのにと、どこかで思っていた。
大きな夢でも小さな夢でも、夢の叶い方には2種類ある気がする。叶う前と後との境界がはっきりしているものと、していないもの。東大合格、の場合、合格発表で自分の受験番号があるかないかわかった瞬間が境界なので、とてもはっきりしている。
そんなふうに境界がはっきりしている場合、叶う直前の落ち着かなさと、叶った直後の違和感は、もうどうしようもない。「夢」よりももっと奔放な「妄想」の場合、その不安定さはなおさらかもしれない。
とにかく私は東大生になった。東京で生きる、という、物心ついた頃からの妄想が、飛行機移動ひとつで現実になってしまった。
福岡空港からひとりで乗った飛行機の機内では、J-POPチャンネルでPerfumeの「ワンルーム・ディスコ」が流れていた。上京する浮遊感がこの曲とシンクロして、希望は不安に、やっと勝ることができた。
渋谷駅の近くの警備員さんに、「ここから原宿まで歩けますか」と聞くと、「この道をまっすぐ行けば着くけど、遠いよ」と言われた。
「この道をまっすぐ行けば着くんですね」
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